飛び込め! ファーストペンギンズ

ひとり暮らしの北さん(13)

2022年11月01日15時40分 辻麻梨子

昨年、強制不妊の被害者である北三郎さんを取材した。強制不妊とは、1948年に制定された「旧優生保護法」の下で強制的に行われた、子どもをできなくする手術のことだ。遺伝性の疾患や精神障害をもつ人たちと、それをこじつけられた人たちが標的にされた。

Tansaは2018年からこの問題を報じた。連載では、都道府県が法律の規定を超えて競い合いながら手術の実施件数を増やしていたことや、地方紙とNHKの幹部が手術の可否を判断する審査会に加わっていたことを明らかにした。翌年春にようやく国は責任を認め、当時の安倍晋三首相が謝罪。被害者の救済を目的とした法律も制定された。

私はこの被害者救済法が、被害者に行き届いているかどうかを調べていた。47都道府県に質問状を送り、状況を尋ねた。すると、2021年10月時点で法律に定められた一時金の支給率が、わずか3.8%であることがわかった。被害者の思いを知るため、北さんにも取材を申し込んだ。

北さんは14歳の時、入所していた児童自立支援施設の先生に、病院に連れて行かれ手術された。説明は一切なかった。「悪いところを直してもらおう」と言われただけだ。施設には同じように手術された子どもたちがたくさんいた。後日、寮の先輩から「あれは子どもができなくなるようにする手術だ」と教えられた。

28歳の時、職場のすすめでお見合い結婚をした。やはり何年も子どもはできなかった。人目を気にしながら産婦人科病院に行き、自分の体を元に戻してほしいと頼んだこともある。でも、医師はもう治らないというだけだった。妻が親戚の子どもをあやす姿を見るたびに胸が痛んだ。

その妻もがんを患い、亡くなった。手術のことを打ち明けたのは、亡くなる直前だった。北さんは病床の妻に泣きながら謝った。妻は「ご飯だけはしっかり食べてね」と言うだけだった。

今、北さんは都内のアパートに一人で暮らしている。取材で尋ねたときはいつも、慣れた手つきでコーヒーを入れてくれた。近所付き合いもあり、おかずを分けてもらうこともあるという。だが来年には80歳になる。

Tansaの報道理念には、一番初めに「旬のニュースを消費せず、事態が変わるまで報道します」と掲げている。強制不妊の連載は、まさにそうだった。当時Tansaにいた先輩のリポーターが50年以上前の出来事を詳細に、丁寧に掘り起こした。世の中が変わった。そして私が、法制定後の実情を追った。

だが私は2本の記事を書き、取材を終えた。それ以来他のテーマにもかかりきりで、北さんには連絡をとれていない。

ジャーナリストは、犠牲者の生涯に寄り添い続けられるわけではない。おそらく、それは私たちの仕事ではない。

だが私は時々、そのことが心に引っかかる。取材を重ねるたびに、心残りが増える。

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