飛び込め! ファーストペンギンズ

お祭り騒ぎの外で(15)

2022年11月22日15時18分 中川七海

今月初め、タイのチェンマイに世界から約200人の報道関係者が集まり「Splice Beta 2022」が開催された。参加者のほとんどは、小さな非営利独立メディアのメンバーか、フリーのジャーナリストだ。助成金のとり方や支援者の増やし方を学べるプログラムはどれも人気で、立ち見が出てしまうほどだった。

だが、Googleなどの大企業もスポンサーとして参加していて、資金に困っているジャーナリストたちを小馬鹿にしたようなセッションもあった。

たとえばGoogleは、10人ほどのジャーナリストにそれぞれ5分間のプレゼン時間を与えた。新しい事業についての発表をGoogleが審査し、優勝者に5000ドルを送った。優勝に至らなくても、会場の拍手の音が最も大きかった者には3000ドルを与えるというエンタメも用意した。そのセッションに参加したジャーナリストたちも、お祭り気分で楽しんでいた。

FacebookやInstagramを運営するMETAは、タイの有名インフルエンサーを呼んだセッションを開いた。ジャーナリストの「ジャ」の字も知らないような人物だ。参加したメンバーによると、インフルエンサーによる派手な自分語りを前に、会場にいたジャーナリストたちはキョトンとしていたという。

YouTubeやPodcastを使った資金集めに関するレクチャーでは、企業から広告を得たり、読者・視聴者の好みの内容を配信したりすることを勧めてくるメディア関係者もいた。

寄付者やSNSフォロワーとの交流が第一だと言い、メッセージグループを作ったり、頻繁にコミュニティの要望を聞いたりすべきだと強調するレクチャーもあった。

ジャーナリストが耳を傾けるべき一番の相手は、理不尽な状況で虐げられている被害者ではないだろうか。

2日目の午後、私は現実離れしたレクチャーに疲れながら、資金集めのコツを学べるセッションに参加した。質疑応答の時間に、ついにルーマニアの記者が言った。彼は非営利独立の探査報道メディアで、Tansaと同じように助成金や寄付をもとに活動している。

「私には果たすべき役割があって、特別にここに参加できている。私の国では、英語を話せる記者や、タイまでの旅費を割ける非営利独立メディアは稀なんです」

彼は遠回しに、ジャーナリズムを無視した資金集めを説くプレゼンターたちを批判したのだと、私は思った。

今年6月、私はポーランドで開かれた、30人規模の小さなジャーナリスト研修で彼と話をした。他の参加者に比べて物静かで、研修中もあまり発言しない人だった。しかし、彼が投げかける質問はいつも的を射ていた。気になった私は声をかけ、ワルシャワの公園を歩きながら30分ほど話した。

彼の国は貧しく、汚職も横行している。OECDが発表する貧困率では世界4位、今年発表された「腐敗認識指数」では、中国と並ぶ世界66位だ。

民間企業やメディア、警察や司法の現場でも汚職が蔓延している上、政治家や官僚などの汚職を摘発した検察官が左遷させられたこともあった。市民が汚職や高い失業率の改善を求め、何年にもわたってデモを起こすような国だ。

事態を変えようと立ち上がる記者もいるが、資金は集まりにくい。特に、貧しい田舎には英語を話せる記者もおらず、外国から知見を集めるのも厳しい。

6月の研修も今回のBetaも、ルーマニアからの参加は彼だけだった。彼は世界中の知見を得られる「特権」を生かして、少しでも多くのことを自国へ持ち帰るために来ているのだ。ジャーナリストの目的からかけ離れた人たちの言動にいら立つのも当然だ。

セッションの後、私は彼に話しかけた。彼の胸ポケットには、私が以前渡したTansaのボールペンが刺さっていた。

「正直、私たちの活動に合わないレクチャーも多いね」と言う私に、彼はこう答えた。

「確かにそうだけど、私たちは自分の仕事に向き合って進もう」

お祭り騒ぎの人たちの声がどれだけ大きくても、静かに燃えるジャーナリストのエネルギーには勝てない。

 

 

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