編集長コラム

騙す人、傍観する人(39)

2022年12月17日20時00分 渡辺周

20139月、国際オリンピック委員会(IOC)が東京を五輪開催地に選んだ日、私の携帯がなった。IOCのジャック・ロゲ会長が、アルゼンチンでの総会で「TOKYO 2020」と記された紙を掲げて間もない時だ。アルゼンチンとは時差があるので早朝だった。

こんな早くに誰だろうと思ったら、東京電力福島第一原発事故後に取材した被災者だった。第一原発がある大熊町に住んでいたが、事故後は住めなくなって、いわき市で暮らしていた。

「渡辺さん、東京五輪が決まってお祭り騒ぎだけど、福島だけが取り残されるようで寂しい」

彼は当時、「汚れつちまつた悲しみに」というフレーズで始まる中原中也の詩を書き写すほど落ち込んでいた。

安倍晋三首相は、東京招致のための演説で福島を「アンダーコントロール」と言い、「東京にはいかなる影響も与えない」とアピールした。被災者が「見捨てられた」と感じるのは当然だろう。

ところがそれから10年近くが経った今、岸田文雄首相と自民・公明の与党は、被災地を「看板」として引っ張り出してきた。復興予算を防衛費の財源に流用するためだ。納税者に「防衛費のため新たに税金を取る」と正面から訴えることはしない。被災地を利用する「騙しの手口」である。

なぜこのような姑息なことをするのか。岸田首相と与党政治家たちは「選挙という就職活動」で負けることに怯えているのだと思う。

「転用」ではなく「流用」

新聞やテレビは、見え透いたやり口に簡単に騙されはしないかというと、そんなことはない。

確かに、復興予算を防衛費に使うことに異議を唱える報道もあった。

例えば1214日付の毎日新聞。「防衛費増の財源を巡り政府・与党内で検討されている復興特別所得税の転用案が波紋を広げている」という書き出しで、野党政治家らの反対の声を載せている。例えば、立憲民主党の泉健太代表の党会合での発言を、「怒りをあらわにした」と評して紹介した。

「一番怒っているのは、震災後、一生懸命に歩んでいる東北の皆さんだ。防衛費への転用など納得できるか」

しかし、復興税を防衛費に使う手口は新たに「検討している案」ではない。すでに経験済みだ。Tansa1215日に「復興予算1270億円はすでに防衛費へ/『有事での作戦部隊展開』『ゲリラへの対応』『施設改修』・・・」で報じた通りだ。15事業中14事業は、「防衛計画大綱」と「中期防衛力整備計画」の双方に基づいていた。重機関銃付き装甲車の購入も含まれており、「転用」ではなく「流用」と言うべきものだ。マスコミ各社は騙されている。

としては、1人でも多くの人にこの欺瞞を知って欲しかった。新聞やテレビがTansaの記事を追いかけられるように、事実を突き止める方法を「ジャジットというデータベースでピックアップして、行政事業レビューシートを精査して・・・」という具合にわざわざ記事に盛り込んだ。

しかしその後、私がマスコミ各社の報道を見る限り、すでに1270億円の復興予算を使っていた事実を報じているところはない。Tansaのような小さなメディアの記事を後追いしたくないのか、政権相手に事を荒立てたくないのか。理由はわからないが、言えるのは「傍観者」になり下がっているということだ。

野党もこの件で追及する声はあまり聞こえてこない。私が懸念しているのは、立憲民主党の泉代表をはじめ旧民主党の政治家たちが傍観するのではないかということだ。各省庁の復興予算の流用は、民主党政権下で表面化したからだ。防衛費に流用されていた件で自民・公明を追及すれば、ブーメランのように自分たちに返ってくると思ってはいないだろうか。

いつか来た道

政府与党は、当初の予定では2037年までだった復興税を防衛費のために延長する方針だが、いつまでかは不明だ。何より恐ろしいのは、防衛予算はいったん増やす方向で走れば後戻りできないことである。歯止めがかからない。

経済が疲弊している日本が、中国をはじめとした「脅威国」と軍拡競争をすればボロボロになる。ボロボロになっても「国防のため」には税金を取り続ける。国内の不満は溜まる一方で、そうなれば政治権力は不満を「外敵」に向けさせる。好戦的な世論が沸き起こり、今度は政治権力が世論に押される形で戦争に突き進む。

「いつか来た道」とはこのことだ。

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