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「善意」の行方(19)

2022年12月20日21時14分 辻麻梨子

スマホに流れてきたニュースに、胸がざわついた。

北海道江差町の社会福祉法人「あすなろ福祉会」が運営するグループホームで、パイプカットや避妊リングの装着といった不妊処置を、知的障害があるカップルが結婚や同棲をする場合の条件にしていたのだ。20年以上前からこれまでに、8組16人のカップルが処置を受けたという。共同通信が12月18日、最初に報じた。

1996年まで続いた旧優生保護法下では、同意がない強制不妊手術の被害者が1万6500人を超えた。あすなろ福祉会の樋口英俊理事長は19日に記者会見を開いた。会見を報じた複数のメディアによると、強制不妊手術ではないことを強調し、次のように語っている。

「不妊手術を強制することはない。本人の意思を尊重し親族と話し合って決める」

「親として責任を果たせるのかなど、自分の知識の範囲内で起こりうることを説明し、選択してもらっている」

しかし、事情を知るにつれ、疑問が膨らんだ。

当事者が拒否した場合、このグループホームは就労支援を打ち切り、退所を求めていた。住処を天秤にかけられた状態で同意を求められれば、拒否することは難しいのではないだろうか。実際、樋口理事長によると、条件を受け入れずに施設を退所した人はこれまでいないという。

樋口理事長は会見で「障害者の子どもということでいじめの材料になりかねない」とも話した。施設の運営者や親族が、本人のことを考えた上での不妊手術であると言いたいのだろう。

だが、これも私には引っかかる。周囲の「善意」が、本人の気持ちを押し潰してしまうことはないだろうか。

Tansaが報じた強制不妊のシリーズでは、1957年に発足した「宮城県精神薄弱児福祉協会」の例を挙げている。この協会の役員には、政財界や医師会、教職員組合に加えて、NHK仙台の放送局長や河北新報の会長まで就いた。まさに「オール宮城」の面々だった。

彼らが協会の趣意書に掲げたのは「優生手術の徹底」だが、問題はその手術を「愛の十万人運動」と称したキャンペーンで推進したことだ。手術を受けることが、あくまでも本人のためになるという「善意」に基づいているのだ。

県内で配られた趣意書には、こう書かれていた。

「わたくしたちも、馬鹿が、馬鹿がと、ケイベツしたり、あざけったりすることをしないで、みんなの愛情のなかで、この精薄児のなくなる工夫をしなければなりません」

手術が本人のためであるかのような、「善意」を強調する一方、本音が透けている部分もある。

「(障害児が生まれて来なければ)生活扶助の必要もなくなりますからこの方面にそそがれた税金は、国民全体のしあわせのために使われることになりましょう」

北海道は今、あすなろ福祉会への調査に入っている。だが北海道が真剣に調査をするだろうか。

北海道は旧優生保護法下で、全国で最も多い2593人に強制不妊手術を行った。手術をした人が1000人を超えた時は「優生手術(強制)千件突破を顧みて」と、その数を誇る記念誌まで作成していた。

にもかかわらず、今も被害者救済に力を尽くしていない。北海道は個人情報を把握している犠牲者に、救済法の対象であることを通知すらしていないのだ。被害者の中には知的障害などがあり、手術をされたことを認識していない場合もある。これでは救済は進まない。私が取材しても、「国が一律に救済すべき」と回答し、自らの責任を放棄している。

施設内で一体何が起こっていたのか。北海道以外でも、同様のことは今も起きていないか。私は取材するつもりだ。

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