編集長コラム

公憤で撃つ(41)

2023年01月07日16時53分 渡辺周

東日本大震災の復興費1270億円を、防衛省がすでにゲリラ対策や弾道ミサイル対応、施設改修などに使っていた件は昨年末に報じた。岸田政権はそのことにはダンマリを決め込んだ上で、防衛予算に復興費をさらに「転用」するため、増税するという。元々、復興費は所得税の上乗せ分から捻出していたので、増税に増税を重ねることになる。私も納税者だ。Tansaは財政基盤が弱く、私自身も生活不安に苛まれている。増税は頭にくる。

しかし私が税金を取られたことよりも、はらわたが煮えくりかえったのは、私を含め納税者から集めた税金を、被災者以外に使ったということだ。

私は震災で主に岩手県と宮城県の被災地を取材し、被災者がいかに経済的に追い込まれているかを知った。

岩手県大船渡市では、知的障がいがある17歳の男子生徒を取材した。県立の支援学校3年の彼は、卒業後は就職したいと考えていた。給料を稼ぎ仮説住宅で暮らす家族の力になりたいと思ったからだ。

元々、将来のことをきちんと考えていたわけではない。だが避難した高台から津波に流される自宅の青い屋根を見たとき、これからは自分が家族を支えなければと奮起した。

職場実習を就職につなげるチャンスにしようと、地元のスーパーで働いた。野菜の袋詰めや、商品棚から傷んだ野菜を取り除く仕事をした。傷んでいると思っても他の従業員から「まだ商品として大丈夫」と言われ、頭を悩ませることもあった。それでもやり遂げた。店長は彼の進路指導を担当する教諭に「本当に一生懸命やってくれた。他の従業員ともコミュニケーションが取れていた」と報告した。

だが就職は叶わなかった。そのスーパーも6店舗が被災し、約300人の従業員を解雇していたからだ。男子生徒はそれでもあきらめず、他に働き口はないかと就活を続けた。

宮城県の気仙沼市では水産加工会社を取材した。その会社はサケやサンマ、サバを刺身や竜田揚げに加工する工場を、気仙沼港に持っていた。津波で4棟の工場が流された。

社長は「半年で呼び戻す」と告げた上で、86人の従業員をいったん全員解雇した。被災で離職した人を雇った企業に、賃金助成をする国の制度をあてにしてのことだった。解雇された従業も復職するつもりで、壊滅した工場の後片付けを無償で手伝った。

ところが落とし穴があった。他の会社を解雇された人を雇う場合は助成金が出る制度なのだが、自社で解雇した人を再び雇う場合は対象外だったのだ。復興費を防衛費に流用してもOKな「柔軟さ」とは大違いである。

国がそのような制度設計にした狙いは、企業が従業員を解雇する必要がなくても解雇して、助成金をせしめることを防ぐためだ。だがその会社は誠実そのものだ。社長や従業員に会えばわかる。現場も踏まず机の上で助成金の仕組みを考える役所に、社長は憤っていた。結局その会社は、25億円の損害と3億円の借金を抱えて再出発することになった。

こうした現状がありながら、なぜ政府は復興費を防衛費に流用したのか。そして何事もなかったかのように、これからも流用することを決めたのか。私にはその神経が全く理解できないが、考えられる理由は一つ。国民をナメているのである。「時間が過ぎたら忘れてくれる」としか思っていないだろう。今の政府でこの事態に加担、もしくは抗わない政治家と官僚には、退場してほしいと私は心から願う。

そのためには公憤で彼らを撃つしかない。私憤ならば個々人でバラバラに存在するだけだが、公憤の力は社会を構成する全ての人から結集可能だからだ。公憤の源は、窮地にある他人を「何とかしてあげたい」という気持ちである。

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