(イラスト:qnel)
性的な写真や動画は、一度でもオンライン上に投稿されれば瞬く間に広がる。
現在の法制度には救済策がない。被害者は拡散を止めるため、自力で削除を依頼する。警察も、画像の拡散を止める力になってはくれない。
ところがそうした被害者の弱みに付け込み、性的画像の削除と引き換えに金を要求する加害者たちがいた。金を払わなければ画像をばらまくと、さらに脅す。一度でも払えば、要求は際限なく続く。
削除の交換条件に金を要求
前回の記事で、私は性的画像の拡散被害に遭った当事者からの情報提供をお願いした。そこへ連絡をくれたのが、Dさん。19歳の男性だ。
Dさんは2023年の12月頃、X(旧Twitter)で自分と相手の女性が写った性的な写真と動画が投稿されているのを見つけた。写真や動画を第三者に送ったり、見せたりしたことはないので驚いた。投稿はすでにインプレッションが数百万に上っていた。インプレッションとは、X上に投稿が表示された回数のことだ。
写真と動画はあっという間に広がった。「アルバムコレクション」や「カプセルシェア」、「動画シェア」といった性的画像の取引に使われているアプリでも見つかった。「すぐになんとかしないと」。そう考えたDさんは、自分の画像を投稿していた人物に削除を頼むことにした。
DさんがXのDM(ダイレクトメッセージ)で複数人に連絡を取ると、削除の「交換条件」として金を要求するものが出てきた。ある投稿者はDさんの画像を、お金を払って入手したという。Dさんの被害画像を「商品」であるかのように扱い、「自分もこの画像を金で買った」、「タダで削除するのは金をドブに捨てるのと同じ」、「5000円なら払えないのか」などと迫った。
金は匿名で相手に送ることができるAmazonのギフトカードのほか、PayPayでやり取りした。Amazonギフトカードはコンビニなどで購入でき、カードに記載の番号を入力するとAmazon Storeなどでの買い物に使える。受け取ったカードを換金する可能性もあり、そうすれば足がつかない。
同様のギフトカードは、AppleやGoogleのほか、さまざまな企業が販売するものもある。
Dさんは投稿者たちの要求に応じた。家族には知られたくなく、誰にも相談できなかった。
Dさんが投稿者に送ったギフトカードの山(Dさん提供:画像を一部編集しています)
「みんなで拡散しまくる」
だが要求はエスカレートしていく。
ある投稿者は、「大物を知っている」と持ち出した。影響力があり、その人物が声をかければ、Dさんの画像を拡散している複数のアカウントに、拡散を止めるよう声をかけてくれるという。
金を払わなければ、Dさんの写真や動画を拡散すると脅すものさえいた。
「あの動画でこっちは儲けられたのに」
「裏コミュニティにあげたら一生消えなくなるよ」
「持っているだけの金を全部送れ」
「みんなで拡散しまくることにします」
同じ人物に繰り返し支払いを要求されることもあり、1人に対して4万円払ったこともあった。
終わらない要求
Dさんの手元には、メモがある。これまで支払った金額と日付、相手を記録したメモだ。支払った相手を伏せて、内容を再現すると次のようになる。
12/29
6000
4000
2000
12/30
6000
1/2
8000
15000
1/5
4000
10000
40000
1/9
5000
1/22
10000 他5000×2
1/27
15000
2/20
10000
10000
3/20
3000
Dさんは記録に残している範囲だけでも、総額15万円以上を投稿者たちに渡した。「できるだけ早く対処しなければ」という気持ちでいっぱいだった。それでも、Xに投稿された一部の写真と動画は消されずに残った。
弁護士は画像2件削除で20万円
Dさんはインターネットで対処法を調べ、弁護士に相談することにした。
弁護士に加害者への対応を委任した場合も、まずは任意での削除を要請することが多い。応じなければ、法的な手続きに移行する。例えば、画像を繰り返し投稿している発信者の情報開示請求や、裁判所が投稿者やサイト側に削除命令を行なう仮処分の申し立てができる。損害賠償請求の裁判を起こすなどの方法もあり得る。
Dさんが相談した弁護士事務所では、情報の削除要請は「1件3万3000円から」とホームページに記載している。Dさんは2件の削除要請をこの弁護士に依頼。画像が消えた後で、成功報酬として1件あたり9万9000円。合計19万8000円を支払った。
発信者情報の開示を請求する費用は、さらに高額になる。Dさんはこの弁護士から、80万〜100万程度といわれた。学生のDさんには、到底まかなえる額ではない。
Tansaはこの弁護士事務所に対し、支払い金額の内訳などを尋ねる質問状を送った。取材も回答も拒否された。
セクストーション被害が急増
性的な画像をもとに、金を要求したりさらに画像を送るよう脅したりする行為を、セクストーションという。性(Sex)と恐喝(Extortion)を組み合わせた言葉だ。
性的画像の拡散被害などの当事者を支援するNPO法人「ぱっぷす」では、セクストーションの被害相談が急増しているという。セクストーションに関する新規の相談人数は、2022年度に171人だった。2023年度には560人になった。警察の公式統計はない。
ぱっぷすに寄せられる相談では、次のような被害例が多い。
外国の友人を作れる言語交換アプリやマッチングアプリ、SNSで繋がった人物から、性的な画像の送信やビデオ通話を求められる。相手からも裸の画像などが届き、油断させられる。だが一度画像を送信してしまえば、SNSのフォロワーにばらまくと脅され、金の要求が始まる。
やり取りで複数のアプリを経由させることもある。中でもInstagramが使われることが多い。このような手口では、英語や不自然な日本語でメッセージが届くこともあり、国外で組織的に行われている犯罪だと考えられている。
ぱっぷす理事長の金尻カズナさんは、すぐにできる対応として「一度でもお金を支払えば、要求は続いてしまう。1文字でも情報を送らず、すぐにブロックなどの対応をしてほしい」と話す。
だが被害者が警察に相談しても捜査が進まず、「加害者側の“逃げ得”状態」だという。
FBI「驚くべき数の自殺」
米国のFBI(連邦捜査局)では、2024年に注意喚起のための特集ページを開設。特に若者に対して金銭の支払いを求めるセクストーションは、「脅威の増大により、驚くべき数の自殺による死者が発生している」と警告している。
被害に遭ったらどうすればいいのか。
FBIのウェブサイトでは、被害者に対し最寄りのFBI事務所やオンラインにて通報するよう呼びかけている。受けられる支援や相談窓口も紹介し、「金銭セクストーションは犯罪です。でもそれは、あなたのせいではありません」「支援を受けられます」と記載されていた。
被害者が児童の場合には、記録をデータベースに集約する。被害児童の画像に関するFBIの捜査が始まるたびに、状況が本人や家族に通知される「児童搾取通知プログラム(CENP)」といった仕組みも、法律で整備されている。
国内でも一部の都道府県警が、ウェブサイトやSNSでセクストーションの手口を発信していた。ところが当事者に注意を呼びかけるばかりだ。警察に相談してほしいという文言は皆無だった。大阪府警はホームページで次のように発信。
「インターネット上での知らない人との接触は、とても危険です」
「自分の裸や陰部などの動画や写真は、決して他人に送信してはいけません。(インターネット上に広がると、画像を削除することはまず不可能です。)」
埼玉県警はサイバー対策課のXで、こう投稿している。
「(脅迫などの)メールを受信しても慌てずに無視してください」
「金銭セクストーションは犯罪です。でもあなたのせいではありません」と被害者に呼びかけるメッセージ(FBIウェブサイトより)
Dさんがアルバイトで貯めたお金は、加害者と弁護士への支払いで底をついた。今も毎日「アルバムコレクション」「カプセルシェア」とアプリ名を検索して、自身の画像が出回っていないか確認せずにはいられない。
「一度は忘れて生きていこうと思ったけど、どうしても頭の中から離れません」。
=つづく
専門家や支援機関への相談先
自分の性的画像が無断で投稿されている、性的画像を元に脅迫や強要を受けているといった場合に無料で相談できる専門窓口があります。
性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター:性犯罪・性暴力に関する相談窓口です。産婦人科医療やカウンセリング、法律相談などの専門機関とも連携しています。
NPO法人ぱっぷす:リベンジポルノ・性的な盗撮・グラビアやヌード撮影によるデジタル性暴力、アダルトビデオ業界や性産業にかかわって困っている方の相談窓口です。
よりそいホットライン:電話、チャット、SNSなどで性的被害について専門相談員に相談ができます。
インターネット・ホットラインセンター:児童ポルノなどを見つけた場合に通報することができます。通報をもとに、センターが警察に情報提供したり、サイト管理者等に送信防止措置を依頼します。
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