保身の代償 ~長崎高2いじめ自死と大人たち~【共同通信編】

「記憶にございません」法廷で繰り返した共同通信・江頭建彦常務理事 長崎新聞への謝罪根拠を問われ/9月26日に元福岡支社長が追加で出廷へ

2025年09月05日 19時17分  中川七海、渡辺周

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撮影/羽賀羊

「報道の自由裁判」が最終盤を迎えている。

2023年7月の提訴から2年。これまで開かれた12回の期日では、被告の共同通信が終始追い込まれてきた。

共同通信は、石川陽一氏の著書『いじめの聖域 キリスト教学校の闇に挑んだ両親の全記録』(文藝春秋)が2022年11月に発売された直後から、石川氏を追及し始めた。いじめによる高校2年生の自死をめぐっては、学校を県がかばい、県を地元紙の長崎新聞がかばった。この構図を著書で批判したことが、「長崎新聞の名誉を毀損した」と責めた。

長崎新聞は共同通信の加盟社であり、共同通信の記者が批判することは社の利益を損ねる。共同通信は、ジャーナリズムよりも組織防衛を優先した。石川氏の著書の出版了解を取り消し、記者職から外した。長崎新聞の許しを乞うため、石川氏を「生贄」にしたのだ。

石川氏に提訴されてからも、共同通信は当初、書籍によって共同通信が被った不利益を主張していた。

ところが、その根拠を示せない。

象徴的だったのは、2025年7月2日に開かれた証人尋問だ。共同通信・常務理事の江頭建彦氏は、原告側から石川氏への一連の追及の根拠を尋ねられ、繰り返した。

「記憶にございません」

これでは話にならない。大澤多香子裁判長、山根良実裁判官、野本亮裁判官は合議。9月26日の証人尋問で、当時の共同通信・福岡支社長、谷口誠氏を出廷させることを決めた。

焦点は「2022年11月10日の長崎新聞への謝罪」

2025年7月2日、東京地裁611号法廷で証人尋問が始まった。

傍聴席は満員。証人として出廷した、共同通信・常務理事の江頭氏に注目が集まった。江頭氏は、石川氏への社外執筆許可を取り消し、記者職からも外した張本人だ。当時は総務局長だったから、その後、社内で出世したことになる。

江頭氏への証人尋問は、共同通信の代理人、石川氏の代理人、最後に裁判官という順番で進んだ。

焦点となったのは「2022年11月10日」の出来事だ。

この日、共同通信の福岡支社長・谷口誠氏が長崎新聞に出向いて謝罪した。『いじめの聖域』が発売された翌日のことである。

共同通信にとっては、長崎新聞との信頼関係がいかに重要かを示す出来事だ。両社の関係をおびやかした石川氏は、共同通信にとってマイナスの存在だということになる。

しかし石川氏にとっては、本発売の翌日に共同通信が長崎新聞に謝罪したことは、全く別の意味合いを持つ。それは、出版了解の取り消しなどの措置は最初から「結論ありき」だったのではないかということだ。その証拠に、長崎新聞への謝罪にあたり、石川氏は共同通信から全く事情を聴かれていない。

江頭氏「名誉を傷つけたから謝罪」

共同通信の代理人は、藤田雄功弁護士。2022年11月10日に、長崎新聞に謝罪した経緯の説明を求めると、江頭氏は次のように答えた。

・11月9日、石川氏が所属する千葉支局の正村一朗支局長が「心配になって」、本を購入。

 

・正村支局長が「これは問題があるかもしれない」と、千葉支局を管轄する東京支社と、本社の法務部に報告。江頭氏にもその内容が報告される。

 

・その後、江頭氏は長崎新聞への批判が綴られている書籍第11章のコピーを受け取り、「目を通した」。

 

・長崎支局を通じて、長崎新聞に対して「出版の事実」を報告。

 

・本社内で相談した結果、翌10日に長崎を管轄する福岡支社の谷口誠支社長が、長崎新聞に出向き、共同通信として長崎新聞に謝罪することを決定。

では、どのような謝罪内容だったのか。藤田弁護士が質問すると、江頭氏は言った。

「共同通信の記者が長崎新聞の名誉を傷つける表現をしたこと。それから、共同通信と長崎新聞の信頼関係を傷つける結果になったことについて、謝罪をしました」

原告代理人に詰められ、10分足らずで主張を翻し

次は石川氏の代理人、喜田村洋一弁護士の番だ。喜田村弁護士に詰められ、江頭氏は迷走を始める。

喜田村弁護士が口火を切る。

「長崎新聞社に対して、何について謝罪したのか、もう一度教えてください」

江頭氏が答える。

「共同通信と長崎新聞社の信頼関係を傷つけたということについての謝罪をいたしました」

これは、共同通信の藤田弁護士への回答に比べ、重要なことが抜け落ちている。藤田弁護士には、「共同通信と長崎新聞の信頼関係を傷つけたこと」に加え、「共同通信の記者が長崎新聞の名誉を傷つける表現をしたこと」についても謝罪するよう、谷口氏に指示したと答えている。

喜田村弁護士がたたみかける。

「他には謝罪はされていないということでしょうか」

江頭氏は言った。「本社から指示した以外に、福岡支社長の判断でどのようなことをその時に伝えているかは、詳細は把握していません」。

だがこれはごまかしだ。共同通信の藤田弁護士には、名誉毀損についても謝罪したと明言している。

そこで喜田村弁護士は聞き方を変えた。

「石川さんの本が、長崎新聞社あるいは長崎新聞社の記者に対する名誉毀損となっていて申し訳ない、ということを伝えましたか」

江頭氏「わかりません」

喜田村弁護士「名誉毀損をしたことについて、謝罪をしたという事実はありますか」

江頭氏「わかりません」

喜田村弁護士「主尋問でそういう風にお答えになりませんでした?」

共同通信の藤田弁護士による主尋問から、わずか10分足らず。江頭氏は「名誉毀損についてはわかりません」と証言を変えた。

喜田村弁護士の追及が続く。

「『わからない』って、支社長なり支局長なりが、独断で話したかもしれないということ?」

江頭氏「いや、それも含めてわかりません」

では長崎新聞の側から、名誉毀損に関する話が出たのか。喜田村弁護士が尋ねる。

「長崎新聞の記者から共同に対して、『長崎新聞の名誉を回復してほしい』というような要望はありましたか」

江頭氏「名誉の回復という要望が11月10日にあったかどうかは、わかりません」

だが長崎新聞への謝罪から4日後の11月14日、共同通信法務部長・増永修平氏は、石川氏を聴取。その際に石川氏の書籍が、長崎新聞の名誉を毀損したと述べている。Tansaでも聴取の際の音声記録を入手し報じている。喜田村弁護士がその点を突くと、江頭氏はこう答えた。

「私は今、この場では、記憶がございません」

絶句

喜田村弁護士の質問に対して、江頭氏の「記憶にない」「わからない」は続く。

「長崎新聞社から共同に対して、なぜ本の出版を許可したのかという質問はありましたか?」

10秒間の沈黙ののち、江頭氏は答えた。

「ちょっと私は今、そういうことを言われたのかは、この場では記憶しておりません」

喜田村弁護士「長崎新聞から共同に対して、文藝春秋に出版差し止めを求めないのか、という疑問ないし要望はありましたか?」

江頭氏「文藝春秋が出版元になっていますので、文藝春秋についてのやり取りがあったかもしれませんが、出版差し止めを求めないのかという発言があったかどうかについては、私はわかりません」

江頭氏は、共同通信の経営を担う常務理事であり、石川氏への措置を総務局長として決めた当事者だ。証人尋問に臨むにあたり、事実確認などの予習をして来なかったのだろうか。傍聴席にいる誰しもが抱く疑問を、喜田村弁護士が投げかけた。

「この裁判では、どんなやり取りがあったのか共同通信の側から証拠で出されていますけれども、それはお読みになっていないんですか?」

江頭氏「かつて目は通しましたけど、そこの記述について今は覚えておりません」

傍聴席からは失笑が漏れた。

「記憶にない」「覚えていない」「わからない」で乗り切ろうとする江頭氏。絶句する場面もあった。

『いじめの聖域』で長崎新聞を批判している第11章の記述について、喜田村弁護士が「事実誤認があると判断したところはありますか?」と尋ねた時だ。

江頭氏は、被告の代理人弁護士に視線を送った。だが、2人の弁護人はどちらも下を向いている。30秒余りが経過し、江頭氏がようやく口を開いた。

「事実が間違えたかどうかについては、すべてを我々が確認したわけではありませんが、石川さんがそう書かれているのであればそれが事実なんだと思いますし、事実誤認かどうかはちょっとこの場ではわかりません」

意味不明だ。喜田村弁護士は「事実誤認を認定したのか」と重ねて尋ねた。

だが返ってきたのは、「事実誤認があったかどうか、この場ではわかりません」。共同通信は、事実誤認があるかもわからないまま、長崎新聞に頭を下げ、石川氏の出版了解を取り消したことになる。

裁判長が抱いた疑問

最後は、大澤裁判長が江頭氏に質問した。大澤裁判長の関心も「11月10日の謝罪」だった。

「2022年11月10日に福岡支社長に、長崎新聞社に行ってもらった件ですが、本社が、謝罪などをするよう福岡支社長に命じたとのことですが、具体的にはどういう命じ方をされたんですか」

江頭氏が答える。

「事前に本社で相談をして、長崎新聞と面会をする際はこういう内容で伝えて欲しいと、そういう内容について支社長に対して連絡をしました。その中に、先ほど主尋問のときに申したような謝罪もしてほしいということを、連絡事項として盛り込んでいます」

主尋問とは、共同通信の藤田弁護士からの質問のことだ。この際、江頭氏は2点について謝罪したと言った。「共同通信の記者が長崎新聞の名誉を傷つける表現をしたこと」と、「共同通信と長崎新聞の信頼関係を傷つける結果になったこと」だ。

だが、石川氏の代理人である喜田村弁護士に対しては、名誉を傷つけたことを謝罪したかは「わからない」と証言を翻している。大澤裁判長からの質問で、再び証言を変えた。

大澤裁判長はさらに続ける。

「その中で、長崎新聞社がこのような要望をしたらどうしようとか、そのような対処方針というのはできていたんですか」

江頭氏「いえ、その時点では、特に本社では話をしていません」

大澤裁判長「石川さん個人に対して、何らかの言及はあったのですか」

江頭氏「11月10日の面会の際に、石川さん個人に対して何か言及があったかどうかというのは、すみません、ちょっとこの場では思い出せませんが、ただ石川さんは長崎支局にかつて勤務をされていたので、石川さんのことを長崎新聞の方も把握していたのは確かだと思います」

大澤裁判長は「その上で、何か言及というのは把握していないのですか」と再度尋ねたが、江頭氏は思い出すことができなかった。

「11月10日の面会時にどのような発言があったかというのは、すいません、ちょっと私、この場では思い出せません」

そそくさと法廷を後に

江頭氏の証人尋問を終えると、いったん休憩に入った。休憩後は、石川氏の証人尋問から再開される。

ところが江頭氏は最後まで傍聴せず、裁判所を後にしようとする。Tansa編集長の渡辺周が江頭氏の後を追った。

渡辺が名刺を差し出して名乗ると、江頭氏は「あー」と立ち止まった。以下がやりとりだ。

渡辺「一度取材を受けてもらいたいと思っておりまして」

江頭氏「私、今は担当が変わりましたし」

渡辺「でも、今日は証人として来られた。当時の当事者ですよね。共同通信側の言い分というのを、私たちは聞けていない。社長さんにも江頭さんにも取材を申し込んでいるのに。ちゃんと共同の見解を聞きたいというのが我々の考えなので、ちゃんと対面で取材をしたい」

江頭氏「ご要望をお聞きしますが、それについては裁判の途中でもあります」

渡辺「では裁判が終わった後にどうですか」

江頭氏「仮の話なので今はお答えしかねますが、まあその時点でおっしゃっていただければ検討します」

渡辺「では裁判が終わって」

江頭氏「ただ約束はできかねます」

渡辺「今回は共同通信の加盟社でつくる理事会には説明されているんですか」

江頭氏「その辺はお答えできませんけれども」

渡辺「全く連絡してないんですか」

江頭氏「いや、そもそもお答えできない」

渡辺「今日はどうでしたか。証人尋問で訊かれていても、答えられていなかったことがかなり多かったですけど」

江頭氏「それも含めて裁判の途中なので」

渡辺「じゃあ、また改めてぜひ取材させてください。お願いします」

このやりとりがなぜ重要か。それは、共同通信は石川氏が長崎新聞への取材を行わずに批判したことを問題視しているからだ。「共同通信記者の水準に達していない」という。

石川氏は、事実に基づき長崎新聞を批判したのであり、論評の範囲内だ。問題視される理由はない。

しかし、仮に共同通信が批判相手への取材を必須とするならば、共同通信を批判するTansaの取材も受けるべきだ。完全なダブルスタンダードである。

次回期日:2025年9月26日(金)10時30分、東京地裁611号法廷にて証人尋問

石川氏が尋問で証言したことは、Tansaが本シリーズで報じてきた内容と同趣旨だ。共同通信の藤田弁護士は、石川氏の証言内容を崩せず迷走。石川氏に「何が聞きたいんですか」と逆質問され、江頭氏の証言時と同様、傍聴席から失笑が漏れた。

江頭氏と石川氏の尋問が終わると、大澤裁判長は裁判官2人とともに合議に入るため、別室に移った。

石川氏の側が求めていた、共同通信福岡支社長(当時)・谷口誠氏の証人としての出廷を検討するためだ。

約6分間の合議を経て法廷に戻ってきた大澤裁判長は、こう述べた。

「谷口さんの尋問申請について、江頭さんの尋問を聞いてから決めようと思っておりました。長崎新聞とお会いになった時の状況を、江頭さんは詳しくは存じ上げないようなので、そちらを採用することにいたします」

「記憶にない」「わからない」で突き通そうとする江頭氏の証言のいい加減さを、裁判所も逃さなかった。

次回期日は、2025年9月26日(金)10時30分。東京地裁611号法廷で、証人尋問が行われる。共同通信・福岡支社長(当時)の谷口氏が、証人として出廷する。

【取材者後記】長崎新聞の名誉を毀損しているのは共同通信だ /記者・中川七海

石川陽一氏の著書『いじめの聖域』に怒ったのは、長崎新聞だ。共同通信はその怒りを鎮めるため、右往左往しているだけだ。

当の長崎新聞は、裁判が始まっても“貝”を貫いている。共同通信に任せておけば、守ってくれると高を括っているのではないか。

ところが共同通信は、長崎新聞を守ろうとする余り、かえって長崎新聞を貶めるという皮肉な結果を生んでいる。

どういうことか。

共同通信の最重要戦略は、石川氏の取材での落ち度を突くことだ。書籍を出す前に、長崎新聞の見解を尋ねなかったことを問題視している。的外れな主張だ。事実に基づく論評は許容されることであり、共同通信自身が日頃からやっていることだからだ。

石川氏の代理人、喜田村洋一弁護士は裁判で、共同通信が政治家や芸能人、ロシアの国営テレビを批判した事例を列挙。なぜ批判対象者への見解を取材しなかったのかを問うた。

共同通信の江頭建彦氏の答えは、「常に公人として批判の対象になるから」。真っ当な見解だ。

だがそうすると、見解を聞く必要があった長崎新聞は、公人ではないということになる。

これはおかしい。

報道機関は、社会から特権を与えられた存在だ。一般人は入れない記者会見に参加したり、相手を批評して広く社会に発信したり。裁判においても、情報源の秘匿のために、ジャーナリストには証言を拒む権利がある。報道機関は公人中の公人であり、その権利を適正に行使しているか、常に社会の批判に晒されるべき存在だ。

公人ではないとみなすのは、江頭氏が長崎新聞を報道機関ではないと言っているのに等しい。名誉を毀損しているのは、共同通信だ。

ただ、「長崎新聞は報道機関ではないのかもしれない」とも思う。

真の報道機関ならば、いじめを苦に自殺した高校2年生の無念、今も苦しむ遺族の心情に応える仕事をする。加盟社であることを利用し、陰で共同通信に圧力をかけるような姑息なことはしない。

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