公害「PFOA」

それでもダイキンを見逃す者たち(30)

2022年10月20日20時00分 中川七海

シリーズ「公害 PFOA」は2021年11月11日、1本の速報から始まった。前月に製造・輸入が国によって禁じられた毒性物質PFOAが、検査を受けた大阪・摂津市民9人全員の血液から高濃度で検出されたのだ。

以来、市民が検査を受けるたびに高濃度曝露が判明する。

汚染源はダイキン工業だ。市内にあるダイキン淀川製作所は1960年代後半から約50年にわたってPFOAを製造・使用していた。Tansaは社外秘文書を入手し、ダイキンが敷地外に大量のPFOAを排出していたことを暴いた。

この事態に摂津市民は2022年4月、1565人分の署名を集め、PFOA調査や対策を求める要望書を市長に提出した。署名は増え続け、現在は1710人分に上る。この署名数は、施策の是非を問う住民投票を請求できる数だ。

ところがダイキンは汚染源としての責任から逃げ続けている。住民への補償も汚染除去も行わない。

なぜ令和の時代に公害が繰り返されるのか。私がこの1年半の取材で直面したのは、本来は市民の味方である自治体やマスコミの「傍観」だった。

新大阪駅前にあるダイキン工業の看板

「フラフラ」のダイキン

ダイキンは、もはや逃げの一手だ。

PFOAを管轄する化学事業部長の小松聡は、私の取材に対して答えに窮し「PFOAは危険なんですか」と開き直った。社長の十河政則は私が名古屋市内の講演先で直撃すると「何をおっしゃっているのか」と聞こえないふりをして、立ち去った。30年近くにわたってダイキンに君臨する会長の井上礼之は、私が自宅を直撃した際は「本社で取材を受ける」と約束したにもかかわらず、前言を翻してその日のうちに取材を断ってきた。

ダイキンにとって大きな痛手となったのが、私が入手したダイキンの内部文書だ。

文書には、ダイキンがPFOAを製造していた時期に、淀川製作所の敷地外に排出したPFOAの量が記録されていた。国内のPFOA研究の先駆者である、京都大名誉教授の小泉昭夫が「周辺に影響を及ぼさないわけがない」と驚く数値だ。ダイキンが汚染源であることを裏付ける決定的な証拠だった。

ダイキンはこれまで、敷地外にどれくらいの量のPFOAを排出してきたかは、ひた隠しにしてきた。公表してしまえば、汚染原因であることを認めなければならないからだ。ダイキンはこれまで、淀川製作所以外が汚染源である可能性を主張してきた。

しかしこの内部文書を、ダイキンの化学事業担当役員である平賀義之ら幹部3人に突きつけると、ダイキンの態度が変わった。1977年に摂津市と結んだ「環境保全協定」に基づき、被害を与えた市民への補償の協議に応じる構えを見せたのだ。摂津市から申し入れがあれば、協議を始めると明言した。私はこの言葉を聞いた時、「これで道が開けるかもしれない」と思った。

ダイキン工業の井上礼之会長を突撃取材=2022年6月2日、撮影/渡辺周

市民ではなくダイキンをみて仕事をする自治体

ところが摂津市は、住民への補償のチャンスを棒に振った。

市長の森山一正は、協定に基づきダイキンに申し入れることはないと断言した。理由は、「現在も将来も健康被害がないから」。

PFOAの高濃度曝露が健康被害を引き起こすことは、世界の研究で明らかだ。米国の独立科学調査会は、世界最大となる7万人の疫学調査でPFOAの健康影響を突き止めた。欧州環境庁は、PFOAが引き起こす健康影響を公表している。

なぜ森山は、摂津市民には健康被害が出ないと言い切れるのか。その点を質しても、森山は答えられない。ついに森山は言った。

「事業所だって困る。こんなんいつまでもやってたら」

市民から選ばれた市長にもかかわらず、森山は職務を放棄していると私は思う。市民ではなく、ダイキンの方を向いて仕事をしていると思わざるを得ない。

ダイキンを監督・指導する立場にある大阪府も、摂津市と大差ない。

府はダイキンに15年前、淀川製作所の敷地外へのPFOA排出量を尋ねたことがあったが、ダイキンは、企業秘密を理由に拒否。府はあっさり引き下がった。

ダイキンに腰がひけた態度は今も変わらない。

2022年4月の国会で環境大臣の山口壯(当時)が、淀川製作所の敷地外へのPFOA排出量をダイキンに尋ねるのは府の役目だと言及した。ところが府はダイキンに尋ねない。

府からダイキンに確認するべきことは他にもあった。私は府の事業所指導課への取材で何度も確認を要請したが、これも全く応じない。私は知事の吉村洋文に抗議文を出したが、改まることはなかった。

ダイキン工業淀川製作所=2021年11月15日、撮影/荒川智祐

マスコミは誰の味方?

市民の味方になるべき自治体は、機能しない。ではメディアはどうか。市民は署名活動を立ち上げ、地元議会は全会一致で国への意見書を可決した。国会でも審議された。

だが、新聞やテレビは報じない。

特に驚いたのが、摂津市の記者クラブだ。記者クラブには市役所内に記者室が用意されている。これまで私は何度も記者室に足を運んでみたが、記者がいた試しがない。PFOAが審議される議会を傍聴する記者も見たことがない。

議会を取材した時のことだ。血液から高濃度のPFOAが検出された男性が傍聴していて、私にこう言った。

「傍聴席の真ん中に座ろうと思ったら、記者専用で座れませんでしたわ。記者さんは誰もおらんかったけどね」

一方でマスコミの記者たちは、PFOA汚染の問題に興味はあるようだ。

読売新聞の記者は、私の記事に登場する京都大の小泉に連絡を取った。私が記事内で内部文書の入手を仄めかした際、Tansaが掴んだスクープは何か探りを入れたという。

関西テレビの記者は、PFOAに高濃度曝露した市民を紹介してほしいと直接メールしてきた。本人の承諾を取った上で連絡先を教えた。さらにビデオ通話もし、Tansaが情報公開で入手した文書の提供が決まった。だが、そのままフェードアウトした。

日本テレビの記者は、米国でのPFOA公害を描いた映画『ダーク・ウォーターズ』に関する記事の確認をTansaに依頼してきた。なぜ自分で確認しないのか不思議に思ったが、Tansaのクレジットを掲載するという条件で引き受けた。だが、実際の記事にクレジットは載っていなかった。約束を破った上、記事内の数字が間違っていた。日テレは、事実と異なる情報を現在も流している。

新聞やテレビの記者たちは、誰のために仕事をしているのだろうか。ジャーナリストは本来、連帯して権力に立ち向かい、被害を止めたり防止したりするのが使命ではないのだろうか。なぜ、コソコソしたり、仕事を放棄したり、嘘をついたりするのか。

大きなメディアが報じれば、事態が変わりやすくなるのではないか。特権の持ち腐れだ。

摂津でのPFOA汚染を深く取材し、きちんと報じる記者がいれば、私はこれまでの取材結果を共有する。ジャーナリストが連帯することが重要だ。私はいつでも連絡を待っている。

連絡先:contact@tansajp.org

シリーズは第2部へ

事態が膠着する中、重要な鍵を握るのは国だ。日本は、水俣病などの四大公害をはじめ、昭和に数々の公害を経験してきた。再発防止策を講じてきたはずなのに、今なおPFOA汚染のような公害が起きていることに、国として責任がある。私はそう思う。

そもそも、人体への危険性からPFOAの製造と輸入を2021年に禁止したのは国である。その物質がダイキンの工場周辺の住民の血液から高濃度で検出されているのだ。国は本腰を入れてこの問題に対処するべきだ。

しかし、この問題に関係する環境省をはじめ、経産省や農水省などの省庁は「傍観者」の域を出ていない。

なぜ傍観するのか。なぜ傍観がまかり通るのか。私は現在、国や省庁への取材を進めている。情報公開請求の結果も徐々に集まってきた。

第1部は今回で終了とする。第2部はさらに取材を進めた上で始め、公害を繰り返す国の構造を明らかにする。

=第2部につづく

(敬称略)

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