誰が私を拡散したのか

なぜ警察の摘発は進まないのか(7)

2023年03月03日16時05分 辻麻梨子

(イラスト:qnel)

これまで「動画シェア」「アルバムコレクション」による性的な写真や動画の拡散被害とその仕組みを、6回にわたり報じてきた。

今も両アプリは利用可能だ。写真や動画の投稿・売買も続いている。にもかかわらず、警察庁は都道府県警の生活安全部門が個別に対応する、従来通りの方針を変えない。2022年4月に発足した「警察庁サイバー特別捜査隊」は、政府や大企業を狙ったサイバー攻撃など、警察法上の「重大サイバー事案」を捜査するための組織だという。女性や子どもが被害者の事件は重要犯罪ではないということだ。

このままでは被害が広がるばかりだ。

そもそも現行の法律や捜査体制のなかでは、投稿を繰り返す加害者やアプリの運営者、GoogleやAppleといったプラットフォーマーをどのように取り締まることができるのだろうか。

私は中央大学法学部の四方光(しかた・こう)教授に話を聞いた。四方教授は警察庁の元官僚だ。神奈川県警察本部刑事部長や、警察庁の生活安全局情報技術犯罪対策課長などを歴任した。現在はサイバー犯罪や再犯防止を研究しており、法的知識に加えて、実際の捜査の流れを熟知している。

四方光氏 プロフィール

中央大学法学部教授。専門分野は刑事政策学、犯罪学、社会安全政策論、サイバー犯罪や再犯防止。1987年に警察庁に入庁し、神奈川県警察本部刑事部長、警察庁生活安全局情報技術犯罪対策課長、警察庁長官官房国際課長を歴任した。

なにが「私事性的画像」なのか

これまでの記事で見てきたように、本人の同意を得ずに性的な写真や動画を拡散、売買する行為は複数の犯罪に該当する。例えば、「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律」(通称リベンジポルノ防止法)は、次のような行為に対する罰則を定めている。

「公表罪」

第三者が撮影対象者を特定することができる方法で、私事性的画像記録(物)を不特定もしくは多数の者に提供し、又は公然と陳列した者→3年以下の懲役又は50万円以下の罰金

 

「公表目的提供罪」

公表罪に該当する行為をさせる目的で、私事性的画像記録(物)を提供したもの。具体例としては、LINE等によって拡散目的で特定少数者に提供する行為→1年以下の懲役又は30万円以下の罰金

ー同意がないまま、自分の性的な写真や動画が投稿・売買された場合に、まず当てはまるのは「リベンジポルノ防止法」違反でしょうか。

本人の同意なく投稿されてしまった場合、その画像が「私事性的画像記録(物)」に当たるかどうかが問われます。「私事性的画像記録(物)」とは、リベンジポルノ防止法上で、次のように定義されています。

1.  性交や性交類似行為

2.  人が他人の性的な部分を触ったり触られたりする行為で、性欲を興奮させ、刺激するもの

3.  衣服の全部や一部を着けず、人の性的な部分が強調されており、性欲を興奮させ、刺激するもの

そのため、本人にとっては公開されることを望まない、恥ずかしいような画像であっても、上記の記述に当たらなければ、法律を適用できない可能性があります。

ー他人のプライベートを晒しても、罪に問われないということですか?

相手の同意を得ず、顔や容姿がわかるような写真を撮影したり公表したりすることは、民法上の肖像権の侵害に当たります。画像を取得する際に、ハッキングなどの方法を用いていれば、不正アクセス罪に問われる可能性もあります。

ログ消失が実質上の時効

ー警察はどのように、リベンジポルノ防止法違反を検挙しているのでしょうか

親告罪のため、まずは被害者本人からの告訴が必要です。また、犯罪を犯したという相手方の特定も必要になります。警察はリベンジポルノなどがやりとりされたサーバーにアクセスして、発信者を調べることは可能です。しかし、あまり時間が経つとこの方法ができなくなります。通信ログ(記録)の保存期間が3か月や6か月などと、限られているからです。

ーすると、その後の捜査はどうなるのですか

被害者が警察への相談を逡巡していたり、警察が捜査を始めるのが遅れると、その間にもログがどんどん消えてしまいます。ログの保存期間が、実質上の時効になってしまうのです。さらに、通信で経由したサーバーが海外に設置されている場合にも、情報の開示に非常に時間がかかります。

ー被害者本人が申し出られない場合は、捜査できないのですか

被害者本人の告訴が必要ないのは、わいせつ図画頒布罪やわいせつ電磁的記録頒布罪にあたる場合です。「わいせつ物」に該当する画像やデータなどを公衆に広めたり、販売する目的で所持したりする行為に対して適用されます。しかしこの法律は被害に対処するためのものというより、社会風紀を守るための法律だと言えます。

足りない捜査のキャパシティ

Tansaの取材では、子どもの撮影された動画が200本以上取引されていたことも判明した。18歳未満の子どもの性的な写真や動画の撮影などを取り締まる法律としては、児童ポルノ禁止法がある。

児童ポルノ禁止法では、性的好奇心を満たすことを目的として児童の性的画像などの記録を製造したり、提供したりすることが禁じられている。2014年6月には法改正が行われ、児童ポルノを所持することも犯罪になった。

ー小学生や中学生といった子どもたちが被害に遭っています。児童ポルノの場合は、被害者を特定する必要はないのでしょうか

はい。個人を特定できなくても、被害者の年齢が18歳未満であると判断できれば、検挙することができます。

ーどのように未成年であると判断するのですか

被害者の体つきなどで判断します。医師に鑑定を依頼することもあります。

しかし判断が難しい場合も多いです。個人差もあり、中学生くらいの年齢の子どもでは児童ポルノと断定できないこともあります。法律では18歳未満が対象となっていても、実際には小学生以下くらいの子どもが被害に遭っているケースでの検挙が中心になっているのです。

被害者と加害者が知り合いで、加害者が被害者が未成年であることを知っている場合には検挙できることもあります。

ー児童ポルノは検挙しやすいというものの、実際には犯罪が横行しているように見えます

警察もキャパシティが限られています。やはり世の中に被害がたくさんあるという状況で、1つ1つに対応することはできていません。しかし悪質性の高さは、捜査の優先順位を決める上での判断基準になります。特定のアプリで相当な被害者がいたり、悪質だと判断されることがあれば、警察も対応するかもしれません。

アプリ運営者の摘発は可能か

では、両アプリの運営者はどうか。アプリの運営者らは、自身のアプリが違法な取引に使われていることを知っているはずだ。被害者からの画像の削除依頼に、一部応じているからである。

ところが、機能の変更などの根本的な対処はしていない。彼らに法的責任を問うことはできないのだろうか。

2つのアプリには共通する仕組みがある。アプリ内のそれぞれのフォルダに格納されている写真や動画を入手するには、鍵を購入する必要があるのだ。フォルダ1つを開けるのにカギ1個が必要で、160円で購入できる。購入料金の一部が投稿者に入る。

加害者は、お金儲けのために同様の投稿を繰り返す。実際にTansaのTwitterスペースに参加した加害者の一人は、お金になることが、投稿を続けていた理由の一つであると認めた。

ー今回の取材で見つかった2つのアプリは、被害者の画像の取引に使われていました。罪に問うことはできないのでしょうか。

アプリの仕組みがポイントでしょう。性的な写真や動画を投稿するよう、呼び込むような仕組みや文言があれば、立件できる場合があります。単に投稿されたものを放置しているだけだと刑事法に問うのは難しい。管理者は「勝手に投稿された」という言い逃れが出来てしまうからです。

ーどのような場合に、運営者を検挙できるのでしょうか。今回のケースでは、投稿者の売上の一部をアプリの運営者も受け取っています。違法なものの取引でお金を得ているのは問題ではないのですか。

例えば、わいせつ図画頒布罪やわいせつ電磁的記録頒布罪で検挙する場合、運営者の「管理の程度」が焦点になります。運営者が投稿された内容を取捨選択し、掲載の可否を決めているようなことがあれば、主体性が高いと判断されるでしょう。また、運営者が利用者に投稿をさせているようなケースでは、共犯関係を認定する場合に、運営者がお金を儲けていることは重要な状況証拠になります。

海外での捜査に壁

さらに取材を通じて、動画シェア、アルバムコレクションの運営拠点が海外にある可能性が高いことがわかった。両アプリのウェブ版でのドメイン情報や、会社の登記情報によって確認した。

ー両アプリは、運営者のサーバーがどうやら海外に置かれているようです。警察はどのように捜査するのですか。

会社が日本国外に拠点やサーバーを置いていたら、運営も外国人がやっている場合と、外国人のふりをして日本人がやっている場合とがあります。ケースバイケースですが、もし運営の実態が日本国内にあることがわかれば、国内法を適用できます。今回の動画シェア、アルバムコレクションの場合は、画像を投稿する人もされる人も日本人がほとんどなので、日本の法律を適用できるかもしれません。しかし運営者の実態を突き止めるのが難しいのです。

ーなぜですか?

国外に拠点がある会社などを捜査するには、現地の警察に対して捜査協力を依頼する必要があります。この依頼にはさまざまな手続きが必要で、3カ月、4カ月と時間がかかるのが通常です。犯罪を犯す人は複数の国のサーバーを経由することもあるため、それぞれの国に捜査協力を依頼していたら、さらに数ヶ月を要します。捜査が長期化する間に通信ログが消えてしまうこともあり、諸外国でも課題になっています。

Google、Appleの責任は…

動画シェア、アルバムコレクションはGoogleやAppleのアプリストアに掲載されていた。私が確認できた限りでも、Google Playでは動画シェアが10万ダウンロードを達成、App Storeでは動画シェアとアルバムコレクションが、人気ランキング入りもしていた。

これらのプラットフォーマーのサイトに掲載されることで、両アプリは広く使われることとなった。

ーアプリをストアに掲載しているGoogleやAppleの法的責任は、問えないのでしょうか?

問題のあるアプリを提供していた、ということでは法的責任を問うのは難しいと思います。こうしたケースで、プラットフォーマーまでが検挙された事例は聞いたことがありません。特に本社のある米国以外は、いろんな被害が起こっていても、これらの企業は対処してくれないことも多いです。しかし、各国で商売をする立場上、きちんと責任は持つべきです。社会的非難には値すると思います。

無関係を装う悪質さ

四方さんの話によれば、違法な写真や動画をわかりやすく呼び込んでいない、動画シェアやアルバムコレクション運営者の検挙は難しいのかもしれない。

だが、実態に沿った判断をすべきだと思う。両アプリは、一見「普通」のアプリに見せかけていたが、私が調べた限りで、性的商品を交換する以外の目的で使われている場面を見たことは一度もなかった。無関係を装って商売を続ける姿勢にこそ、むしろ悪質性が表れていると思う。

プラットフォーマーもそうだ。両アプリはGoogleやAppleのアプリストアに掲載され、多くのユーザーにも広まった。しかし、プラットフォーマーは社会的非難の対象でも、法的責任を問うことは難しいというのが四方さんの見解だ。

ならば、プラットフォーマーの責任を問う法律が必要だ。被害の深刻さを考えれば当然だと私は考える。

=つづく

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