誰が私を拡散したのか

1カ月間に実現した6つの法改正/怒りが変えた韓国社会(中)(9)

2023年03月15日23時28分 辻麻梨子

(イラスト:qnel)

N番部屋事件の発覚後、韓国では市民の怒りが、国民請願やデモ行動を通じて噴出した。どうすれば事件の再発を防げるか。当時の文在寅大統領が徹底的な捜査と共に国民に誓ったのが、法改正だ。

日本では法律の限界を理由に警察が本格的な摘発に乗り出さず、性的な写真や動画を拡散させる「犯人」たちは今も野放しだ。

韓国では国民の声に押された大統領の掛け声で、どのような法をつくったのか。

所持だけでも違法に

N番部屋事件では、10代〜20代の犯人を中心に被害者を性的リンチし、その写真や動画を「テレグラム」というメッセージアプリで売買していた。被害者には未成年も多く含まれていた。主犯格の1人であるチョ・ジュビンが警察に逮捕されたのは、2020年3月のことだ。

警察の摘発から2カ月後の同年5月、同様の事件を防ぐための法改正が始まる。そこから6月までの1カ月間で6つの法律が改正された。

N番部屋事件での犯罪プロセスに対応して改正されたのが、「性暴力犯罪の処罰等に関する特例法」だ。事件では、被害者の意思に反して写真や動画が撮影され、それらを利用した脅迫や強要が行なわれた。動画は高額な入場料を支払ったチャットルームの会員らが、視聴した。

法改正では、性的な目的をもって、本人の意思に反した撮影を行なうことに、7年以下の懲役又は5000万ウォン(約516万円)以下の罰金が科されることとなった。

撮影されたものを利用して人を脅迫したり、脅迫によって相手の権利を侵害することや、要求に応じさせたりすることも犯罪であると盛り込まれた。これらの行為は、以前は犯罪として認められていなかった。脅迫は懲役1年以上、脅迫による強要行為は3年以上の刑に処する。

被害者の写真や映像を所持したり、試聴したりすることも、犯罪であると明記した。これも新たに設けられた処罰規定だ。対応する法律がなかったために、N番部屋事件ではチャットルームの運営者の他に約26万人以上いたとも言われる会員たちの大半が、罪に問われなかった。市民からは犯罪に加担したこれらの加害者たちも、厳しく罰するべきだとの声があがっていた。

これらと日本の場合を比較すると、雲泥の差がある。日本では、盗撮は地方自治体の条例での規制にとどまる。同意のない性的な画像を試聴したり所持したりすることも、児童ポルノでない限りは罪に問われない。

リベンジポルノ防止法では、同意のない性的な画像をばら撒いたり、ばらまく目的で誰かに渡したりすることは規制している。しかし、それらの所持や試聴も規制しないと不十分だ。

私が追っているアプリ「動画シェア」「アルバムコレクション」は、購入した写真や動画が自動でアプリ内のフォルダにダウンロードされる仕組みを備えていた。加害者たちはダウンロードしたものを再び投稿し、視聴目的の購入者に売ってカネを儲ける。所持や視聴が、更なる拡散被害につながっていたのだ。

処罰対象から保護対象へ

被害者を生む土壌自体をなくそうという目的を持つのが、「児童・青少年の性保護に関する法律」の改正である。性売買の当事者だった少女らが「処罰」や「更生指導」の対象から、保護の対象となった。

この法改正に事件の前から取り組んでいたのが、10代女性人権センターだ。センターは、若年層の性搾取被害者を支援してきた。元当事者の女性たちが支援する側として活動し、弁護士や医師、臨床心理士などさまざまな領域の専門職のメンバーも加わっている。

取材に応じてくれたのは、センターのクォン・ジュリ事務局長だ。クォンさんは、少女たちが被害の相談をしやすくなったと法改正の意義を語った。改正前の法律では、性売買を行う少女の側も処罰の対象とされていたため、怖くて被害を打ち明けることができなかった。

脅迫や性暴力を受け、売春をさせられていた少女もいた。オンライン上で知り合った相手と仲良くなったと思ったら、徐々に性的な写真や動画を送るよう求められ、送ったものを元に脅迫が行なわれるケースもあった。

だが少女たちは「自らやったことだ」と親や警察から責められることで、独りで被害を抱え込んでしまうのだ。クォンさんは言う。

「デジタル性犯罪は単体ではなく、性売買などのさまざまな性搾取とつながって起こるものです。被害者を責める社会的な風潮がある限りそうした搾取はなくなりません。今回の法改正により、普通の市民の認識が変わったことは前進です」

一番最後に改正されたのは…

N番部屋事件後の6つの法改正のうち、最後に改正された2つは通信事業者とプラットフォーマーを対象としている。

一つ目は情報通信サービス事業者を規制し、自身のサービスを通じて不法な撮影物が流通するのを防ぐ法律だ。

この法律では一定の基準を満たす事業者に対し、毎年の報告書の提出が義務付けられる。また不法な撮影物がやりとりされていた場合、それらを削除したり、通信接続を遮断したりと必要な措置を取らなくてはならない。

もう一つは、オンラインサービスなどを提供する事業者に対する規制を強化するものだ。事業者は自身が運営するサイトなどで、不法に撮影された写真や動画などが流通していた場合、それらを申告し、流通防止のための技術的・管理的措置を取らなくてはならない。

こうした法改正を、画期的だと私は思った。個別の加害者が逮捕されても、次から次へと同じプラットフォーム上に新たな加害者が出てくる。被害を防止するためには、犯罪の温床となっているアプリやウェブサイトを規制する必要があるからだ。

日本には、プラットフォーマーや通信事業者を規制する同様の法律はない。なぜ進まないのか。

ハンギョレのオ・ヨンソ記者によると、韓国では通信事業者とプラットフォーマーを規制するこれらの法律を改正する際、企業側からの反発が多かったという。日本でも同様の理由があるのか、もしくはそれ以上の理由があるのか。取材は継続中だ。

=つづく

10代女性人権センターに寄せられたメッセージ。中央のメモには「絶対にあなたのせいじゃない」と書かれている=2023年2月8日、辻麻梨子撮影

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