2022年12月3日、長崎市内に住む福浦さおりは、共同通信千葉支局長の正村一朗に手紙を出した。千葉支局に所属する記者・石川陽一を助けたかったからだ。
石川は、高校2年だったさおりの息子・勇斗(はやと)がいじめを苦に自殺した事件を追っていた。2022年11月、石川は文藝春秋から本を出版し、事件の詳細を報じた。
だが、その内容に長崎新聞が怒った。遺族ではなく長崎県の肩を持つ長崎新聞の報道姿勢を、石川が批判していたからだ。長崎新聞は共同通信に抗議し、抗議を受けた共同通信は石川を聴取し始めていた。
手紙には、石川による報道への感謝を綴った。正村を通じて、石川への共同通信での評価が好転することを期待した。
福浦勇斗くんの七回忌。勇斗くんが亡くなった木の下で手を合わせる遺族と報道陣=2023年4月20日、中川七海撮影
カステラを添えた理由
2022年12月5日夕方、さおりの電話が鳴った。ディスプレイに映る身に覚えのない番号に、さおりはピンときた。「共同通信だ! 」。
電話に出ると、男性の声がした。
「共同通信千葉支局長の正村と申します」
さおりの予想は当たった。2日前、さおりは長崎名物の文明堂のカステラを添えて、千葉支局長宛てに手紙を発送した。支局長の正村からお礼の電話がかかってきたのだ。
正村は送り状に書かれた「カステラ」の文字を見たらしく、さおりに言った。
「この度はカステラをありがとうございます」
さおりはほっとした。手紙だけだと他の郵便物に紛れてしまうと思い、わざわざカステラとともに送ったのだ。作戦が功を奏したと思った。
さおりは「カステラは支局の皆さんで召し上がってください」と返したが、本当に渡したいのはカステラではない。手紙だ。正村をはじめ共同通信の幹部たちに手紙を読んでもらい、石川の処分を思いとどまってほしかった。
だが正村は、手紙が入っていることには気付いていないようだった。さおりは言葉を継いだ。
「中に、遺族である私たちの気持ちをしたためています」
だが、その思いは届かなかった。
正村は石川に連絡してカステラを取りに来るように言ったが、手紙の存在は伏せたのだ。カステラと共に手紙が入っていたことを石川が知ったのは、さおりと連絡をとった時のことだった。
さおりは思った。
正村に渡った手紙は、その後どこへ行ったのだろうか。
「手紙は握りつぶされたのでしょうか・・・」
正村に手紙が届いたことを喜んでいたさおりは、落胆した。
法務担当者が同席
なぜ、正村は手紙の存在を石川に伝えなかったのか。
実は、さおりの知らないところで急ピッチで事は進んでいた。
2022年11月11日の正午すぎ、石川は千葉市内の美容院に来ていた。本の出版に際し、週刊文春のインタビューをこの日の夕方に控えていたためだ。
その時、持参していた社用の携帯電話が鳴った。だが、髪を切っていて電話には出られない。その後も繰り返しかかってきたが、出られなかった。
午後1時50分頃、石川は帰宅した。先ほどの電話を確認すると、社用と私用の携帯に合わせて7〜8回も着信が入っていた。全て、千葉支局長の正村からだった。
石川は1カ月前の10月から育児休暇に入っていた。3月に子どもが生まれたばかりだった。休暇中にもかかわらず、なぜ会社からこんなにも連絡が来るのか。
電話をかけ直そうとした時、正村からメールが入った。メールには、急ぎの要件があるので電話するようにと書いてあった。
石川は言われた通り電話をかけた。正村は言った。
「本について外部から抗議が来ているので、すぐに事情を聴きたい」
だが石川はこの後インタビューを控えており、その日は行けない。結局、3日後に支局へ行くことが決まった。
正村との電話から3時間。午後5時すぎには共同通信法務部長の増永修平からメールが入った。3日後、増永も同席するという。石川は増永に、誰がどのような抗議をしているのか尋ねた。だが増永は「それは当日にお話しします」と返信し、教えてはくれなかった。
石川には、この状況がよく理解できないでいた。本の内容に関することなら、まずは出版元である文藝春秋に連絡がいくはずだ。だが、石川は文藝春秋からそのような抗議があったという話は聞いていない。
11月14日。石川は内容も所要時間も聞かされないまま、自転車で千葉支局に向かった。
午後1時の約束だったが、1〜2分遅れてしまった。建物3階にある応接室の前で待っていた正村に遅刻を咎められ、石川は平謝りしながら部屋に入った。
部屋には、メールで事前にやりとりした法務部長の増永と、総務局人事部企画委員の清水健太郎が待っていた。
石川は告げられた。
「結論から言うと、本を出されて、長崎新聞から非常に強い抗議をいただいている」
=つづく
(敬称略)
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