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東大病院で医療ミス 患者が術後16日で死亡 事故調に届け出ず隠蔽

2023年06月06日13時17分 渡辺周

もし、あなたの大切な人が、効果を期待できない危険な治療で亡くなり、それが医療事故ではなく単なる「病死」として処理されたとしたら、どうしますか?

舞台は東京大学病院循環器内科(小室一成教授)。そこで、2018年10月7日午後2時5分、41歳の男性が亡くなりました。

心臓に病気を抱えたその男性は、担当医師の勧めで保険適用されたばかりの最先端機器(マイトラクリップ)を使う治療を受けました。しかし、この治療は途中でトラブルが起きて中止され、男性は治療から16日後に亡くなりました。原因は治療中に肺に穴が開き、これがもとで体調が急変したとみられます。医療法では、医療が原因とみられる予期しなかった死亡や医療過誤による事故があった場合、厚生労働大臣が指定した第三者機関である医療事故調査・支援センターに届け出なくてはなりません。

ところが、私たちが入手した患者の死亡診断書には、その男性の死因は「病死及び自然死」と記されていました。東大病院は男性を「病死」扱いにして、届け出を行わなかったのです。この対応には、院内からも「医療ミスではないのか」などと疑問の声が上がりました。

私たちはこの疑惑に迫るため、入手した男性のカルテを分析しました。

そこには、男性がその機器を使って治療をすることが認められない症状だったと記載されていました。私たちの取材に応じた関係者も「普通なら治療はしてはいけない事例だ。医師なら誰でもわかる所見です。実験台に等しい」と批判しています。しかし、この治療は東大病院の倫理委員会からお墨付きが出たものでした。

遺族は「治療の後、うまくいかなかったから残念だったねーって息子と話しました。その時は2、3日大丈夫だったんです。でも急に悪くなって。あれ?あれ?というふうに思ったんです」と話しました。

私たちは真相を探るため、治療を担当した循環器内科の金子英弘医師(先進循環器病学講座特任講師)の講演がある福岡市に向かいました。金子医師は取材に繰り返したのは「ノーコメント」です。

東大病院はなぜ、医療事故調査・支援センターに男性の死を届け出なかったのでしょうか。私たちは東大病院の齊藤延人院長に質問状を出しました。回答は「質問書に記載されている方が、当院で診療をお受けになったことがあるか否かを含めお答えはできません」でした。

「絶望が希望に変わりますように」。41歳の料理人が、メッセージを残し東大病院で亡くなった。心臓病の最新治療を「実績づくり」のため強行した結果だった。だが医学会の最高峰に立つ「白い巨塔」は、死を隠蔽する。本記事は2018年11月〜2019年3月に配信したシリーズ「検証東大病院 封印した死」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

東京大学病院循環器内科(小室一成教授)で、2018年10月7日、41歳の男性が亡くなった。

男性は心臓に病気を抱えており、死亡する半月前の9月21日、心臓にカテーテルを入れて弁をクリップで挟むという最先端治療を受けた。治療は途中で中止され、その後、容体が急速に悪化したのだ。

しかし東大病院は男性の死因を「病死」として処理した。厚生労働大臣が指定した第三者機関の医療事故調査・支援センター(医療事故調)に届け出なかった。東大病院の内部で処理した。

ところが、Tansaが入手した男性のカルテには、医療事故をうかがわせる記述が書き残されていた。

保険適用間もない最先端治療

実施された最先端治療というのは「マイトラクリップ」(Mitra Clip)という治療だ。脚の血管から入れたカテーテルの先端を心臓内の僧帽弁まで進め、この弁の先端を特殊なクリップで挟んで形を整える。それによって心臓内の血液の逆流を軽減し、心不全を改善させる。2018年4月に日本での保険適用が始まったばかりの新しい心臓治療だ。

心臓の左側にある僧帽弁を治療する器具「マイトラクリップ」。脚の血管から入れたカテーテルを心臓まで進めて、僧帽弁の先端を特殊なクリップで挟み、形状を修復する。これにより血液の逆流が減り、心不全が改善する。国立循環器病研究センター病院のホームページより

私たちがこの男性の死に不審を抱くようになったのは、男性のカルテを入手したことがきっかけだった。

担当医名は循環器内科の金子英弘医師。

カルテの「気胸」という文字に引っかかった。気胸とは、肺に穴が開いて空気が漏れ、その空気によって肺が圧迫されて潰れる状態を指す。

カルテの記述をそのまま紹介する。

「処置後の気胸、AF(不整脈)出現などにより不安定な状態であった。そのことに由来したと思われるVT(不整脈)により、さらに低心拍出状態・循環維持が不可能となり、CPA(心肺停止)にいたったと考えられる」

つまり「心臓治療の後に見つかった気胸などの影響で男性は不安定な状態となった。深刻な不整脈が頻発した。そして死に至った」という内容である。

なぜ、気胸ができたのか。それが私たちが感じた疑問点だった。

肺に穴、「明らかなミス」

カルテには気胸が治療の翌日に発見されたことが書かれている。男性の胸部を治療直後に撮影したレントゲン画像も残っている。

気胸に詳しい専門医に、レントゲン画像を見てもらった。

右肺の下に黒い部分がはっきりと見える。気胸を示す証拠だ。

医師は「治療直後の画像で気胸が確認できる。治療中に肺に穴があいた可能性が高い。明らかな医療ミス」と断言した。

無視された術前検査の数値

カルテをさらに見ていくと、次々と多くのおかしな点が見つかった。

まず、男性はそもそも保険適用されたばかりの最先端治療「マイトラクリップ」に耐えられる心臓の状態ではなかったのだ。

心臓の機能の一部(僧帽弁の機能)を改善させるために、心臓内の壁の一部に器具で穴を開けてカテーテル先端を通し、治療する。心臓への負担が大きい。心臓が弱っていると、この治療自体を受けることができない。

男性は心臓の機能が全体的に低下していた。拡張型心筋症という難病を患っていた。

エコー(超音波)検査を受け、左心室から出ていく血液の量を調べた。血液を「押し出す力」を測るためだ。その検査結果は、Tansaが入手した東大病院の検査結果表に記されている。

それによると、全身に送り出される血液が著しく不足していた。正常値は50%以上だが、男性は17%だった。

この数値が30%を切ると、マイトラクリップを使った治療は原則行えないことになっている。保険適用の基準が30%以上と決められているためだ。

心臓が弱り過ぎていると、機能の一部だけを良くしても治療効果を得られない上に、この治療によって心臓内の血流がますます妨げられ、かえって病状が悪化する危険性も指摘されている。

検査結果表によれば、男性は明らかに治療不適合患者だった。にもかかわらず、東大病院はこの男性の心臓治療に踏み切り、死亡事故を起こしたのだ。

機械より「見た目」 / 倫理委員会も治療にお墨付き

東大病院が治療にゴーサインを出した理由は、カルテから明らかになった。

男性が前の病院で行ったエコー検査の数値が記載されていた。その数値は「30%」。この数値だと、ぎりぎりで治療を行うことができる。

ところがその「30%」の数値の前に「Visual(ビジュアル)」とある。つまり「見た目で30%」ということである。

カルテから読み解けるのは次の2点だ。

・東大病院は治療直前の検査の数値が治療不適合を示していたにも関わらず、前の病院の古いデータを根拠にして治療に踏み切った

・前の病院のデータは、計測値でなく、見た目で判断した数値である

私たちはこの結果をカルテとともに循環器内科の専門医にみてもらった。専門医は「こんなことがまかり通るとは信じられない」と驚いた。

「前の病院でのエコー検査の動画を見て、見た目で30%と判断したのでしょう。それでこんな重大な治療の適否を決めるなんて、われわれの常識では絶対にあり得ません」

「前の病院でも、機器の計測数値が出ているはずです。なぜその数値を使わず、わざわざ見た目の数値を使ったのか。どうしてもこの治療をしたかったために、ビジュアル数値を使った可能性があります」

「だいたい東大病院であれば、前の病院の古いデータなど使わず、自前の検査数値を使うのが普通でしょう」

東大病院循環器内科の中でも、このようなやり方に疑問の声が上がっていたようだ。

カルテに次のように記されている。

「MitraClipを行なった場合も改善するかどうか」

「MitraClipの手技自体もリスクが高い」

判断は東大病院の倫理委員会に委ねられた。そして、この男性に対する治療は認められた。

治療は失敗した。

心臓上部の右心房と左心房の間にある心房中隔に、カテーテル先端を通す穴を開けることができず、治療箇所にクリップを到達させることすらできなかったのだ。

しかも、この治療の過程で肺に穴があき、気胸につながった可能性が高い。その後、出血を伴う血気胸も確認された。

日を追って男性の病状は悪化する。

10月7日午後2時5分。男性は死亡した。

取り上げなかった死亡症例

私たちは、担当医の金子英弘医師に会うことにした。

2018年11月22日、福岡市で、心臓のカテーテル治療などを専門とする西日本の医師の学会が開かれていた。そこに金子医師が招待されていた。

午前9時45分過ぎから、金子医師の基調講演が行われた。タイトルは「Mitra Clip(マイトラクリップ)をわが国の循環器診療にどう活かすか?」。亡くなった男性が施された治療法がテーマだった。

金子医師は留学していたドイツで、マイトラクリップ治療を学んだという。現在の肩書きは、東大の「先進循環器病学講座特任講師」だ。

青のスーツ姿の金子医師は、パワーポイントを使い、東大病院での症例をあげて講演した。取り上げた症例は50〜80代の男女5人。しかしそこに、亡くなった41歳の男性の報告はなかった。

【動画】担当医師へのインタビュー

講演が終わってから、金子医師に声をかけた。名刺を交換し、死亡した男性の治療について聞きたいと伝えた。金子医師の顔が急に曇った。「ノーコメント」を繰り返しながら会場を出て、タクシーに乗り込んだ。

貝になる東大病院

金子医師の問題だけではない。東大病院はなぜ、医療事故調査・支援センターに男性の死を届け出なかったのか。

私たちは東大病院の齊藤延人院長に質問状を出した。回答は「質問書に記載されている方が、当院で診療をお受けになったことがあるか否かを含めお答えはできません」だった。

となれば、直撃で取材するしかない。

2018年11月26日午前11時30分、東京都文京区本郷の東大医学部管理研究棟の玄関前。

白衣をまとった循環器内科の小室一成教授が現れた。小室教授は循環器内科の責任者で、治療を担当した金子医師の上司にあたる。

この日、小室教授は、来年3月に開かれる第83回日本循環器学会学術集会で使うオープニングビデオを撮影する予定だった。その学術集会は小室教授が会長を務めている。

小室教授は医局員よりも一足早く玄関前に現れ、個人撮影を行なった。カメラマンの要求に応じ、白衣を脱いだり着たりしてにこやかにポーズを取っている。

撮影の合間をぬって、小室教授に声をかけた。

笑顔が一瞬にして消えた。

「お答えできません」

小室教授はこちらの名刺を受け取ろうともせず、管理研究棟の奥に消えた。

やがて玄関前には医局員が集まり始めた。本当なら、この日正午から、玄関前で雑談する医局員たちの前に小室教授が「やあ!」と現れ、雑談の輪に加わるシーンの撮影が予定されていた。

だが、小室教授は現れず、この場での撮影会は中止となった。医局員たちは渋い表情で棟内に消えていった。

【動画】東大病院の循環器内科のトップ、小室一成教授へのインタビュー

「認知症」にされた母親

遺族はどう思っているのだろうか。71歳になるという母親に連絡をとった。実際に男性に起きたことと、母親への東大病院の説明が食い違っている可能性があるので確かめたい。そう伝えた。

「手術がうまくいかなかったから残念だったねーって息子といって。そのあと2、3日大丈夫だったんですけどね、急に悪くなって。あれ、あれ、というふうに思ったんです」

東大病院のカルテに、男性の母親は「認知症」と記載されている。しかし、話ぶりからは認知症とはまったく思えない。聞くと母親はいった。

「物忘れすることはあるので『ごめんなさい、私は認知症なもので』とごまかすことはあるのでね。でも病院で認知症と診断されたことも、調べてもらったこともありません」

怒る東大病院の医師たち

Tansaは2018年11月26日、この問題を速報した。以後、東大病院の医師たちからTansaに、病院の対応についての情報や怒りの声が、次々に寄せられている。そのうちの1人は嘆く。

「一連の問題を隠蔽するため、病院は『病死』で処理して、医療事故調への届け出もしなかった。こんなことをしていては、同じことが繰り返されて今後も犠牲者が出てしまう」

2018年12月6日午後3時16分。Tansaの取材班のメンバーが、東大病院循環器内科のスタッフ紹介のページにアクセスすると、「お探しのページは見つかりません」と表示された。現在もその表示のままになっている。表示されなくなった理由について東大病院に問い合わせをしたが、回答の締め切り時間である2018年12月7日午前11時を過ぎても回答はない(2018年12月7日午後3時現在)

2018年12月6日、厚生労働省はこの問題に関して東大病院への聞き取り調査に乗り出すことになった。(関連速報はこちら)

危険な治療を東大病院はなぜ強行したのか。

Tansaは、治療の中心となった金子英弘医師が循環器内科に所属する医局員に送ったメールを入手した。そこでは金子医師が、東大病院でマイトラクリップという新しい治療法を推進するために必要な症例を、懸命に集めようとしていた経緯が明らかにされている。

医局員へのメール

メールのタイトルは「Mitra Clipの導入につきまして(7月後半から8月頃)」。2018年1月31日午後8時48分に送信された。

「昨日、アボット社担当者が当院を訪れ、5月26日・27日にFoundation Trainingを行い、7月後半から8月頃に当院でMitraClipを開始する目処がつきました」

「アボット」とは、マイトラクリップを製造販売している医療機器メーカーのことだ。アボットが、マイトラクリップの使い方を5月26日と27日に教え、7月後半から8月には東大病院で治療を始められる見通しになった。このメールはその内容を伝えている。

「適応基準は、有症候性MR3+or4+でLVEF≧30%の症例となります。治験プロトコルの関係でLVEF<30%の症例が適応外となったのは残念ですが、是非とも当院でこの治療を積極的に進めていきたいと考えております」

金子医師はこの部分で、マイトラクリップ治療の対象となる症状を明示した。 メールには専門用語も並ぶが、「有症候性MR3+or4」とは、僧帽弁の不調で起こる血液の逆流の程度を指す。「LVEF」というのは、心臓の左心室から出ていく血液量を示す。この血液量が心臓から血液を押し出す力のことで、その力加減が数値で表される。

一つの指標となるのが「30%」だ。 このメールのポイントは、血液を押し出す力が「30%未満」の患者は、マイトラクリップ治療には適さない、ということを、金子医師がこのメールではっきりと書いている点だ。マイトラクリップの保険適用も30%以上の患者と定められている。 ところが、死亡した男性の値は17%だった。

なぜ、適用外の男性にマイトラクリップ治療を行なったのか。

そのヒントは、同じ年の5月17日に再び医局員に出したメールにある。

候補症例数「非常に厳しい状況」

メールのタイトルは「MitraClip候補症例集めのご協力のお願い」。5月17日の午後5時4分に発信されている。 金子医師はまず、マイトラクリップ治療の対象患者が1人しか集まっていないことを打ち明けた。

「MitraClip候補症例については現時点で確定症例がわずかに1例のみと苦戦しております。7月から本治療を開始するにあたり、候補症例を最低7例ストックする必要があり、非常に厳しい状況です」

東大病院でマイトラクリップ治療を本格化するためには、最低でも7人の患者を確保しておきたいと金子医師は考えていたようだ。しかし、治療可能な患者はまだ1人しか確保できていない。他の患者が集まらず、金子医師は焦っていたようだ。

「先生方に於かれましては、日々ご多忙の折、このようなお願いばかりで誠に恐縮ではございますが、MitraClip候補症例集めにお力添えを賜れば幸甚です。どうかよろしくお願い申し上げます」

こう訴えていた。

金子英弘医師が2018年5月17日に循環器内科の医局員に送った協力を依頼するメール。マイトラクリップ治療の対象患者を集めるのに「苦戦」しており、「非常に厳しい状況」と綴られている。対象の患者はLVEFが30%以上であることも改めて周知している

遅れとった東大病院 / 「上司の指示、あったのでは」

金子医師の焦りの背景について、東大病院循環器内科の現状を知る都内の内科医は、こう語る。

「東大は心臓の弁のカテーテル治療で遅れをとっていました。早く症例数を増やせと上の人にいわれていたのではないでしょうか」

マイトラクリップの効果や安全性を承認前に調べる治験は、心臓のカテーテル治療に実績のある6病院で行われた。東大病院の名はそこにはない。マイトラクリップが保険適用となった4月以降、先駆的な病院が患者数を増やしていく中で、東大病院は水をあけられていた。

その後、患者はなんとか5人が集まった。東大病院はその5人にマイトラクリップ治療を実施する。それでも金子医師が「最低でも必要」とする7例には届いていない。

そして6例目が、死亡した41歳の男性だった。

男性は、心臓の左心室から出ていく血液量「LVEF」が17%しかなかった。保険適用に必要な30%を大幅に下回っていた。 加えて金子医師は昨年出版した著書で、20%を切る患者へのマイトラクリップ治療について、海外の研究結果などを根拠に「予後は不良と予測せざるを得ない」との見解を示していた。 ところが、金子医師ら東大病院循環器内科の医師たちは、男性が前にいた病院で撮った心エコー動画の「見た目」が30%あったことにした。「見た目」の数値を使って保険適用の基準をクリアした。

しかし、男性にはもう一つの「適用外」があった。

「依存状態ではない」と判断 / 「普通ありえない」

男性は、強心薬「カテコラミン」の点滴が欠かせない状態にあったのだ。

カテコラミンを使わないと心臓の機能を維持できない状態を、カテコラミン依存と呼ぶ。 男性のカルテには「もともとカテコラミン依存の低心機能の方」とはっきりと書かれている。 カテコラミン依存の患者は、LVEF30%未満の患者と同じく、マイトラクリップ治療の保険適用外となる。

それにもかかわらず、治療に踏み切った。 カルテによると、同じ循環器内科の波多野将医師が往診で「依存状態ではない」と判断したからだ。波多野医師は、金子医師と共に男性を担当した。

男性はカテコラミンが欠かせなかったのに、マイトラクリップの治療前だけ使わなくて済む状態になったのか。そんなことがありえるのだろうか。 都内の循環器内科医はいう。 「それは不自然です。使い続けていたカテコラミンを突然に止めるのは危険で、そんなことは普通ありえません」

波多野医師はなぜ「依存状態ではない」と判断したのだろうか。 波多野医師にメールで質問状を出した。2018年12月7日正午の時点で回答はない。

留学で学んだ担当医 / 「匠の技」より「医療機器」

亡くなった男性を担当した金子医師は、最先端医療のマイトラクリップ治療を留学したドイツで学んだ。金子医師はそのことを、福岡市であった講演など、折に触れて語っている。

ドイツでの経験が、医師としての姿勢や行動に影響を与えたようだ。

自らの書籍『The ヨーロッパ医学留学 7カ国を完全制覇! 11人の若手医師たちがホンネで語る熱き挑戦のすべて』(メディカ出版、2016年)では次のように書いている。

「例えば、日本の医者って合併症を起こさないように、ありとあらゆる可能性を想定して、いろいろな準備にものすごく時間を割くじゃないですか。これが『100%じゃなくて95%ぐらいでいいんだよ』とすれば、必要な時間をかなり減らせると思うけれど、絶対にしない。でもドイツ人のカテの手技とかを見ていると合併症は注意しても一定の確率で起こっちゃうよねという考えかたで、日本人ほど完璧さへの執着はないように思います」

「合併症が起きて落ち込んでいるかと思ったら、『デバイスの限界だ』と言う。日本だと何か合併症が起きると、自分の技術が足りなかったのではないかと反省することが多いので、初めはカルチャーショックを受けました。ただ、(ドイツ人の)そういう考え方がデバイスの改良や開発につながるとも思うんです。そして、結果的には、個々の医師の技術の向上とデバイスの改良の相乗効果が生じます。日本人だと、弘法筆を選ばずで、匠の技を磨きがちですからね」

金子医師はドイツ留学を終え、2018年1月から東大病院循環器内科に迎えられる。循環器内科のトップは小室一成教授だった。医局員たちに、東大病院でマイトラクリップを推進したいという意欲をメールで伝えたのは、就任早々の1月31日だった。

留学先のドイツの病院で、マイトラクリップ治療を行う男性医師(左)と金子医師。出典:金子英弘『急速展開する僧帽弁閉鎖不全症治療のカッティングエッジ Mitra Clipと新たなカテーテル治療が切り開く未来像』(メディカ出版、2017年、88頁)

本記事は2018年11月〜2019年3月に配信したシリーズ「検証東大病院 封印した死」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。記事の続きはこちらからお読みいただけます。

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