保身の代償 ~長崎高2いじめ自殺と大人たち~

ジャーナリズムを貫く記者の孤立 –共同通信編(15)

2023年06月07日23時10分 中川七海

共同通信の石川陽一は、著書を出した翌日に千葉支局長の正村一朗から「抗議がきている」と連絡を受けて以来、会社から責められ続けてきた。法務と人事担当の幹部が聴取をしたり、誰がメンバーなのかわからない審査委員会が立ち上がったり。育児休暇中でもお構いなしだ。

この事態に、所属長の正村は部下の石川を守らなかった。それどころか、自殺した福浦勇斗(はやと)の母・さおりが、石川を守ろうと正村に書いた手紙のことさえ、その存在を石川に伏せた。

石川の力になろうとする社員は、共同通信にはいないのか。

「透明人間」

2023年4月、石川は育児休暇を終え、千葉支局での業務を再開した。

ところが、まるで腫れ物のように扱われた。

ほとんど仕事を任されなかったのだ。石川が孤立を感じる決め手となったのは、選挙取材でのことだ。4月23日、千葉では統一地方選挙と衆議院議員の補欠選挙の投開票が行われた。

選挙前に開かれた支局内の会議で、支局長の正村は記者たちに資料を配り説明をしたが、石川にだけ資料を配らなかった。

当日は、千葉支局の記者だけでは手が足らず、他県の支局から応援の記者を呼んで取材態勢を組んだ。だが石川は、千葉支局の記者であるにもかかわらず声が掛からなかった。

千葉支局は、記者、デスク、支局長、事務員を合わせても10人ほどの小さなチームだ。唯一、時折話しかけてくれる同僚の女性記者はいたが、石川は共同通信の中で孤立を感じざるを得なかった。

まるで透明人間のようだった。

顔も知らない同僚が

思い返せば、石川が新聞労連の「疋田桂一郎賞」を取った時からすでに、石川に対する他の社員たちの様子がおかしかった。

2022年1月18日、石川は勇斗のいじめ自殺事件をめぐる一連の報道に対して、受賞した。選考委員は、フォトジャーナリストの安田菜津紀、元AERA編集長の浜田敬子、ジャーナリストで元共同通信記者の青木理、元毎日新聞記者の臺宏士だ。

石川の受賞は、共同通信の労働組合員に配布される『共同労組NEWS』に掲載された。賞の発表時と、授賞式の報告の、2週にわたって特集され、社内に周知された。

ところが、当時の千葉支局長は石川の受賞に触れるどころか、祝福の言葉すら一切かけなかった。

その後、石川は、本社に勤務する仲の良い同僚と話す機会があった。同僚は、石川の受賞に関するある噂を教えてくれた。

「もともと別の記者がネタ元と繋がっていたのに、石川さんがその人からネタ元を奪って、賞をとったとか言われているよ」

根も葉もない内容だった。同僚は、そう噂する社員の名前を石川に告げた。石川が、名前も顔も知らない人物だった。

「お前は『J』だ」

石川は2017年4月、共同通信に入社した。初任地は福岡だった。

入社してまもない頃、支局の先輩に飲みに誘われ、同僚たちも含め何人かで居酒屋に行った。

そこで、名刺の話になった。石川は、自分の名刺に書かれた肩書きが気になっていた。日本語で「記者」と書かれた下に、「Staff reporter」と記されている。石川には、この意味がよくわからない。石川は「『Journalist』と書けばいいのに」と言った。

すると、同席していた上司が「お前は馬鹿か! 」と突然声を荒げた。驚く石川に、「『ジャーナリスト』と名乗って、ネタが取れるのか」などと迫ってくる。しまいには、「お前は『J』だ」と石川に向かって言った。

これを機に、石川は時折、福岡支社内で「J」と呼ばれることがあった。

長崎支局に赴任し、勇斗の事件を追っていた時も、石川は上司の唖然とする行動に遭遇する。

2020年12月25日、当時の長崎県知事・中村法道の記者会見が開かれた。石川は、勇斗の死を「突然死」にする海星学園から遺族への提案を県が追認した件で、知事の見解を尋ねた。

記者会見の後、石川が質問の中で県学事振興課の参事・松尾修の名前を出したことに、県総務部長の大田圭が怒った。長崎新聞の記者・堂下康一も大田に加勢し、石川に言った。

「県政記者クラブとしても、あんまり行きすぎたことをされると、それはそれなりに対応せざるを得なくなりますよ」

そもそも公務員は公人だし、参事という役職は責任ある立場だ。「突然死はギリ許せる」という重大な発言をした松尾を、堂下が庇う意味がわからない。

しかし石川はその後、当時の長崎支局長の山下修が県に赴いたことを知った。県のウェブサイトにある知事会見の議事録では、松尾の名前が匿名になった。

共同労組は・・・

共同通信の中で、石川の処遇に声を上げ、ともに闘ってくれる味方はいない。

石川は、共同通信の労働組合に窮状を訴えた。

だが、組合と会社の団体交渉において、石川の訴えに関する話題は取り上げられなかった。

共同通信社の編集綱領には「圧迫に屈せず、言論の自由を守る」とある=共同通信社の公式サイトより

=つづく

(敬称略)

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