Tansaユース合宿

放置される18歳以上の虐待被害/ユース合宿作品紹介(1)

2023年08月30日18時06分 Tansa編集部

イラスト:井野川真梨

2022年6月〜2023年8月にかけて、「Tansaユース合宿」に参加した若者たちが探査報道の作品づくりに挑戦しました。Tansaユース合宿とは、記者や研究者などの大人を対象にした探査ジャーナリスト養成講座「Tansa School」を、若者向けに再構成したプログラムです。これまでの合宿の様子はこちらからご覧ください。

第1期生は最終的に3人が、作品を完成させました。それぞれが身近な疑問に目を向け、丁寧に取材したものです。初回は上智大学3年生の熊西叶乃さんの作品を紹介します。

放置される18歳以上の虐待被害

私の友人は、家庭内で親から心理的な虐待に遭っている。大声で恐怖に陥れること、心無い言葉で傷つけること、進路を強制すること…。彼女は私に対し、「死にたい」と口にした。体調を崩し、治療も受けていた。

家庭内での虐待は、児童だけが受けるものではない。子と親という力関係がある限り、それは起こりうる。幼い頃から支配的な状況に置かれ、大人になっても抜け出せないこともある。

だが現在の法律では、18歳になるまでに保護されなければ、その後の虐待支援の対象にならない。彼女はその時、すでに18歳になっていた。

児童福祉への入口が17歳で閉ざされてしまうことに問題はないのか。そんな疑問を調査した。

 熊西叶乃・上智大学新聞学科3年生

大学のゼミでドキュメンタリーを制作しています。これまでに里親家庭や、仮放免のクルド人大学生などを取材・撮影した作品を作りました。映像では伝えるのが難しいセンシティブなテーマを、文章で表現する方法を学びたいと思い、ユース合宿に参加しました。

「もう死んじゃいそう」18歳を追いつめる苦しみ

「もう、毎日がしんどいし、辛いです…死にたいです。ここ最近はどうやったら死ねるのか考えてました。手首を深くやったら逝けるだろうとか、屋上から逝けるだろうとか、とにかくこの場所にいたくない」

そんなLINEが届いたのは2022年の春。高校を卒業し、大学生になったばかりのKちゃんからだった。私は彼女とアルバイト先の学習塾で知り合い、以前から家族の悩みについて相談を受けていた。しかし、これほど思いつめているとは全く知らなかった。「死にたい」。そんな相談は初めてで頭が真っ白になった。

「そんな家は出よう!」と言うのは簡単ではなかった。彼女は18歳。アルバイトを始めてまだ1カ月で、引っ越しをするお金もないはずだ。第一、家から出れば大学に通い続けられるのか。学費はどうするのか。私には何も分からなかった。

「Zoomにまで怒鳴り声が入りそう」

Kちゃんは両親と2人の妹の5人家族。都内でも閑静な高級住宅街に住み、毎週末家族でお出かけをする絵に描いたように仲のいい家族だった。しかし、高校1年生の時、母親の昇進が決まり仕事が忙しくなると両親の関係が一気に悪化。気が付けば顔を合わせるたびに喧嘩をするようになった。

いつしかKちゃんは両親の喧嘩の声が聞こえると、胃が痛くなるようになった。追い打ちをかけるように始まったのは、コロナ禍の外出自粛だ。在宅ワークを始めた両親は、文字通り一日中喧嘩をするようになった。Kちゃんもオンライン授業の日々が続いた

「Zoomに声が入りそうでずっと音声をオフにしていた」という。外出自粛で家の中にいなければならず、耐えるしかなかった。

1人 精神科に通う

それから体調不良が続くようになった。薬局で購入した胃薬も効かず、胃がいつもキリキリした。胃腸炎にでもなったのかと、一人病院を受診した。

一通り検査をしたのちに案内されたのは精神科だった。 

体がだるくて、布団から起き上がれないこともあった。しかし家族からは「怠け」と非難された。無理やり身体を起こして、学校には欠かさず通った。

大学生になってから、症状はさらに悪化する。両親から逃れたい一心で、授業後に深夜までアルバイトをし、夜中の1時半に帰宅。家で明け方まで大学の課題をこなす日々を続けた。新しい環境での慣れない生活もストレスに拍車をかけ、当然のように体はボロボロに疲弊していた。

「外に出ても貧血みたいな感じで倒れたりして、電車とかバイト中とかも…何回か救急車で運ばれた」。

検査の結果、適応障害と診断された。大学1年生の8月のことだった。

驚くことに、両親はこのことを知らない。親の希望に沿わない学校に進学して以来、Kちゃんに対し無関心になっていた。

Kちゃんは家族の誰にも知られずに適応障害になった。体調が悪くなれば一人で精神科病院に通い、点滴を打つ。診察料、検査費、入院費などはすべて自分で負担している。入院は、大学が始まった4月だけで2回。病状が重く2泊することもある。

「胃に穴が開いた時も、お母さんは『ふ~ん』で終わった。だから倒れたことも知らない。適応障害になったことも言っていない」

18歳以上に閉ざされた相談窓口

Kちゃんが経験しているのは虐待ではないか。そう思った私は、虐待の定義を調べることにした。一般的に虐待は、身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグレクトの4種類に分けられるという。

虐待というと、殴る蹴るなどの身体的な暴力を思い浮かべてしまうが、言葉や態度で子どもの心を繰り返し傷つけるなど、精神的苦痛を与えることも「虐待」となる。子どもの前での激しい夫婦喧嘩も、「面前DV」という心理的虐待の一つだ。Kちゃんが両親から受けているのは、この心理的虐待に該当する。

虐待であれば、公的な保護が受けられるのではないか。私が思い浮かべたのは児童虐待防止法だ。地方自治体の児童相談所は、虐待に遭っている子どもを見つけたら、親から保護したりして子どもの安全を確保しなければならない。家庭に帰れない子どもは、児童養護施設に入所したり、自立支援を受けたりできる。

私は、死を考えるほど追いつめられているKちゃんを、こうした公的な仕組みで助けてほしいと願った。

しかし「児童」として保護の対象となるのは、18歳未満までだ。大学1年生のKちゃんは当てはまらない。私がネットで虐待支援について検索した時、目にしたのも「18歳未満の方へ」という文字だった。

2024年から施行される改正児童福祉法では、自立支援の年齢制限が撤廃されるが、それも18歳までに保護されたケースに限られる。

18歳以上の虐待被害者はどうすればいいのだろうか。

私は専門家に話を聞くことにした。話を聞いた才村純さんは児童福祉の専門家で、児童福祉士として児童相談所に勤務していた経験もある。

「厚生労働省には、18歳以上で虐待を受けていて、家族と生活ができない人を支える仕組みはありません。そもそも制度がないので、そうしたことに対応する部署もないんです」。

「18歳までに保護されて施設などに入っていないと、自立支援の対象にもならないというのは、非常に大きな積み残しの課題かなと思う」と才村さんは言う。

才村さんは児相の職員から、18歳以上の子が親から受ける虐待の話を耳にしたこともある。中には、「なぜこんな状況にある子が、今まで保護されずに来たのか」と驚くような虐待のケースもあるという。虐待について一人で悩み続け、大人になってようやく児童相談所に相談してくる人もいる。性的虐待はその代表例だ。

もう子どもではないのだから、保護する必要はないという考え方もあるだろう。経済的な問題さえクリアすれば、虐待被害者は家庭を離れることができるのではないか。

幼い頃に植え付けられた恐怖で

しかし才村さんは、根本には別の問題があると指摘する。

「成人が虐待から逃げ出せないことのベースにあるのは、経済的な問題だと考えるかもしれません。しかし現実はそうではない。幼いころから虐待を受けていると、人とのコミュニケーションに障害が生じる可能性がある。また精神的な課題もあるはずですから、経済的になんとかすればいいという話ではありません。現時点の制度だけではうまくいかないため、成人の虐待に特化した制度が必要だと思います」

自分が虐待を受けていることに、子自身が長い間気が付かないことも多い。

例えば、私が取材したNさんという男性は、物心ついた時から虐待が身近にあった。父親は自分より弱い人間には何をしてもいいと思っているような人だったという。夜は「バコンバコン」と、何かを殴るような音が聞こえて眠れなかった。朝起きると、母親の顔がボコボコに殴られて腫れていた。そんなことが日常茶飯事だった。そのうちNさんも暴力を振るわれるようになったが、助けてくれる人は誰もいなかった。 

Nさんは4人兄妹。小学1年生の時、暴力に耐えかねた兄が家を出た。まだ中学1年生だった。兄は家の中で唯一、Nさんを父親の暴力から守ってくれる存在だった。その後、Nさんが中学2年生の時、夏休みの帰省から帰ると母親が家からいなくなっていた。暴力をふるう父親のもと、Nさん、弟、妹だけが残された。

年齢を重ねるにつれて、Nさんの体格は父親に引けを取らなくなった。しかし抵抗をしたことは一度もなかった。

 「昔から恐怖を植え付けられて、決して敵わない相手だと思っていた」

自分は「地獄の家庭」に生まれたと思っていた。解放されて楽になりたいと何度も考えた。しかし、「あの時の恐怖を弟と妹にもさせると思うと逃げられなかった」と語る。守ってくれる兄を失った時の恐怖を思い出すからだ。

独自のアンケートで実態を調査

18歳以上で虐待を受けている人の数を、政府は把握していない。

実態を少しでも明らかにすべく、私は、18歳を過ぎてからも虐待を受けていた(または現在も受けている)人を対象にアンケートを実施することにした。アンケートは2022年12月16日から2023年2月16日の期間に、大学の同級生に配布したり、X(Twitter)で拡散したりする方法で実施した。31人が18歳以上での虐待を経験したと回答した。

31人のうち、幼少期から虐待を受けていたのは25人だった。

虐待行為の内容で最も多かったのは「大声や脅しなどで恐怖に陥れる」という項目で87%(27人)。次いで「面前DV」(子どもの前でのD Vや夫婦喧嘩)が71%(22人)と、心理虐待が多くの割合を占める。

また、アンケートでは96%(30人)の人が「家から逃げたい」と思ったことがあると回答したのに対し、実際に家出をしたのは51.6%(16人)とその半数にとどまる。家出をしたと回答した人の中には、「着の身着のまま逃げた」「結婚をすることで家を出た」となんとかして家を出た様子が窺われる回答もあった。

大人の虐待について考える

ひとりの友人をきっかけに私の取材は始まった。

虐待のことを誰にも言わず、誰にも気づかれず、大人になってもなお虐待を受け続ける人がいる。精神的に追いつめられ、手首を切り込むKちゃん。暴力をふるう父親の盾になり続けたNさん。彼らを救う法律は存在しない。

「大人だから」。今の法律は、18歳以上であれば虐待を受けている側に自力の対処を求める。責任の所在を被害者に置き、幼少期からの虐待の影響を無視する暴力的な理屈だ。

大人になっても親子関係は続く。絶縁しない限り、被害者の家庭では「親」が権力を持ち、「子」を支配するという関係性から抜け出せるわけではない。

年齢で虐待を規定する政府は、成人以降の虐待ケースを把握していない。KちゃんやNさんのような「子」の実態を調査した上で、児童でなくても虐待から人を守れる仕組みが必要だ。

「愛」を求めるほど自覚できない虐待

一方、虐待の問題は法整備だけでは解決しきれないのかもしれない。

取材で出会ったMさんは、虐待被害を自覚していない。幼いころから、叱られるたびに母親から殴られ、「子どもは奴隷のように動くのが当然」と言われて育った。母親の言うことは絶対で、洋服の趣味や友人関係も母親の影響を受ける。何をするときも「お前には無理だ」と言われ続け、心の傷は癒えない。

しかし、そんな母親も優しいときがある。優しさに触れるたび、母は自分のことを愛してくれていると感じるという。母親との生活は生きづらいが、母親を嫌いにはなれない。「毒親」という言葉に共感することもあるが、「これが『本当の虐待』だとは思えない」と話す。

親に愛を求めるのは自然なことである一方、愛を求めるほど「虐待」は自覚できない。傷つけられた痛みと、親を愛する気持ちの狭間で苦しむ人がいる。

虐待であると気づくことができなければ、Mさんが自らを守る行動をとることも難しいだろう。成人は自分から助けを求めない限り、虐待を防ぐ仕組みがないからだ。

Tansaユース合宿では、若者が自ら選んだ身近な疑問を題材に、探査報道の実践に挑戦しました。受講生のインタビューはこちらからご覧いただけます。若者へのプログラムを継続するため、Tansaへのサポートを募っています。

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