編集長コラム

自滅の71位 (9)

2022年05月10日11時46分 渡辺周

NGO「国境なき記者団」(本部パリ)が5月3日、2022年度の報道の自由度ランキングを発表した。日本はハイチに続いて71位。前年度の67位からさらに順位を下げた。

なぜ71位なのか。日本の大手マスメディアは具体的な理由をほとんど割愛して順位を報じたが、国境なき記者団は次のように分析している。これを読めば、大手マスメディアには不都合な内容であることが分かる。

以下に私の訳文を載せる(原文はこちら)。

【総論】
議会制民主主義国家の日本は、一般的にはメディアの自由と多元主義の原則を尊重している。しかし、伝統やビジネス上の利害が、ジャーナリストが権力を監視する「番犬機能」を完全に果たすことを妨げている。

 

【メディアを取り巻く状況】
日本では、伝統的なメディアの方がネットメディアよりも影響力がある。主流の新聞とテレビ局は日本の5大メディア・コングロマリットによって所有されている。読売、朝日、日本経済、毎日、フジサンケイである。 読売は700万部、朝日は500万部で世界一の新聞発行部数を誇っている。NHKは世界で2番目に大きな公共放送局である。

 

【政治的背景】
2012年以降、民族主義的右派が台頭し、多くのジャーナリストが不信感と敵意を抱かれていると嘆いている。記者クラブは、既成の報道機関が政府の行事に参加し、役人にインタビューすることを許可するだけのシステムだ。ジャーナリストの自己検閲を誘発し、フリーランスや外国人記者を露骨に差別している。

 

【法的枠組み】
2021年に制定された曖昧な表現の規制は、ジャーナリストを含む一般人が防衛施設や福島原発のような「国家安全保障上の利益」とみなされるインフラの近くに立ち入ることを制限している。違反すれば懲役2年または最高200万円の罰金が科される。また、政府は特定秘密保護法の改正も拒否しており、「不法に」入手した情報を公開すれば最高で懲役10年の罰則が定められている。

 

【経済的背景】
世界で最も高齢化が進んだこの国では、紙媒体を中心としたモデルが主要な経済モデルであり続けているが、読者層の減少によりその将来は不透明である。日本には新聞と放送局の相互所有に対する規制がない。そのため、極端なメディア集中が起こり、2,000人以上の記者を抱えるメディアもある。

 

【社会文化的背景】
日本政府と企業は日常的に主流メディアの経営に圧力をかけている。その結果、汚職、セクハラ、健康問題(新型コロナウイルス、放射能被害)、公害など、扱いに注意が必要であるとみなされたテーマについては、過剰な自己検閲が行われている。2020年、政府はコロナの感染防止を口実に、記者会見に出席できるジャーナリストの数を大幅に減らし、NHKを重大な国家的危機の場合に政府の「指示」に従うべき組織のリストに加えた。

 

【安全性】
日本のジャーナリストは比較的安全な労働環境を享受しているが、中には「中傷的」とみなされる内容をリツイートしただけで、政治家から訴えられた者もいる。SNS上では、政府に批判的なジャーナリストや、福島原発事故が引き起こした健康問題、沖縄の米軍駐留、第二次世界大戦中の日本の戦争犯罪など、「反愛国的」テーマを扱うジャーナリストへの嫌がらせも日常的に行われている。

国境なき記者団の分析は概ね的確だ。だが、一つ誤解しているのではないかと思う点がある。それは「伝統やビジネス上の利害が、ジャーナリストが権力を監視する『番犬機能』を完全に果たすことを妨げている」という点だ。

私が感じるのは、日本の大手マスメディアで働く記者の多くは「監視役としての役割を果たす」意思が最初からない。何かに邪魔をされて役割を果たせないのではなく、果たすつもりがないのである。

2017年、南アフリカのヨハネスブルグで開かれた探査ジャーナリズム世界ネットワーク「GIJN」の大会に参加した時のことだ。Tansa(当時ワセダクロニクル)は、日本のニューズルームで唯一のGIJN公式メンバーとして参加していたが、一般参加として日本の大手メディアからも何人か来ていた。そのうちの一人が大会期間中のある日、私の所に来て言った。

「渡辺さん、外務省の知り合いが『ここに集まっているのは有象無象だから注意した方がいい』と教えてくれました。気をつけた方がいいですよ」

唖然とした。彼は、世界から集ったジャーナリスト仲間よりも日本の官僚を信頼しているのである。何の悪気もなく。

もちろん、初対面で相手を信じて、こちらが取材で得た情報を共有するようなことはしない。探査報道は一つ間違えば情報源を危険に晒すし、切り込もうとしている相手に情報が漏れて全てがパーになる。だからこそ大会期間中、共に語らい「この人物は本当に信頼できるか」を互いに吟味する。真剣勝負だ。

しかし、根底では「権力監視」というジャーナリストの職業的使命を共有している。Tansaは韓国のニュースタパ、インドネシアのテンポ、イギリスのガーディアン、組織犯罪を暴くジャーナリストのネットワーク「OCCRP」、ドイツのコレクティヴなど様々なニューズルームと国際コラボしてきた。それらは全てジャーナリストとしての使命に基づいた信頼関係を築いたからこそ、実現した。

結局、日本の「報道の自由度」が71位なのは、何かの障壁があって自由を奪われているからではなく、自ら自由を放棄し「自滅」しているからだ。権力に対抗するのではなく、権力の一員でありたいのである。

どうすれば、本来の使命を果たせるジャーナリストが日本で増えるだろう。最近はよくこのことを考える。

結局は、個人の資質に負うところが大きいのではないか。子どもの頃から「自分より強い相手にあらがった経験」を持つ人が、ジャーナリストの資質を備えていると思う。人から情報を聞き出す方法とか、文章の書き方とか、映像編集とかは後から教えることができる。だが長いものにまかれず闘う姿勢は、元から持っていてほしい。

報道の自由度を色分けした国境なき記者団のウェブサイトより。ノルウェーが最も自由度が高く、デンマーク、スウェーデンが続く。

編集長コラム一覧へ