Tansaの前身のワセダクロニクルとして2017年2月に創刊してから、まもなく6周年だ。創刊前の準備期間を入れると7年になる。
今年の最大の成果は若手の成長だ。
学生インターンの時からのメンバーである辻麻梨子は、コロナ対策地方創生臨時交付金の無駄遣いを暴き、国会の予算委員会で取り上げられた。今は性的な写真・動画を拡散して商売をする加害者、それを傍観するGoogleやAppleと闘っている。
NGOスタッフからTansaの記者になって3年の中川七海は、「公害 PFOA」で「PEPジャーナリズム大賞」、「双葉病院 置き去り事件」では「ジャーナリズムXアワード大賞」を受賞した。
保育園の栄養士から転身した小倉優香は、記者になってまだ1年弱だが日々細胞分裂を繰り返すように成長している。農薬「ネオニコチノイド」の取材に打ち込み、シリーズのリリースに向けて奮闘中だ。
ここまで来るのに、私は自問自答しながらもがいた。
4年ほど前のことだ。私は1冊の本を読んだ。帝京大学ラグビー部監督(当時)・岩出雅之さんの『常勝集団のプリンシプル』(日経BP社)だ。帝京大学は、大学ラグビーで9連覇を果たした。毎年選手が入れ替わる学生ラグビーで、どうやってこんな偉業が成し遂げられたのか興味を持った。
岩出さんが昔の自分を振り返った次の言葉に、ドキッとした。
最初の10年間は早稲田大学、明治大学、慶應義塾大学といった伝統校と呼ばれる大学にまったく勝てませんでした。その時期の私は、勝利という頂上をめざして、ラグビー部という重い荷車を、自分ひとりで坂道を引っ張りあげようとしていました。先頭に立って、部員に事細かく指示命令し、がむしゃらに組織を牽引していくことが、リーダーである自分の役割だと信じきっていたのです。
当時の私も、空回りしていた。資金も人も不足する中で、「自分がやるしかない」と牽引型のリーダーを目指していた。
しかし、そういう私の姿勢がメンバーたちの当事者意識を弱くした。当時の事務所に私が朝から晩までいても誰も来ない日が多くなっていった。
事務所のゴミ出しをしたことがあるのも私だけ。週1回の定例ミーティングにはメンバーが集まるのだが、飲食したゴミを分別しないでゴミ袋に捨てて帰った。私はメンバーが帰った後に、1人で燃えるゴミとペットボトルに分けながら危機感を抱いた。
岩出さんの本を読んだのはそんな時だった。
机を拭いたら叱られた
岩出さんは、上意下達組織ではなく、部員たちが自ら考えて行動する「自律型成長組織」の重要性を本で強調していた。いかに「脱体育会系」の実践が、部員たちのモチベーションを引き出し、組織を無限に成長させていくか、科学的な知見に基づき解説した。
ただ、岩出さんの方法を受け入れるには迷いがあった。理由は2つある。
一つは、組織力の差だ。帝京のラグビー部には、高校で活躍したラグビー選手が多く入ってくる一方で、こちらの若者は記者として全くの初心者。資金力も雲泥の差だ。
もう一つは、活動内容自体の差異だ。ラグビーならば「ノーサイド」の後は文字通り敵も味方もない。だが探査報道はそうはいかない。権力による弾圧や、身の危険に対処しなければならない。トライアンドエラーのエラーが、取り返しのつかないことを招くことがある。
だが、それでも私は「自律型成長組織」を選んだ。挑む相手が強大だからこそ、私独りの力ではどうにもならないし、私一代で成し遂げられるような生半可な仕事でもないからだ。運転の補助をするべきところと、危険なポイントを明確にしながら、本人たちの可能性を引き出すことに徹することにした。
2021年3月にワセダクロニクルから、Tansaに名前を変えたが、それもこの組織変革の一環だ。私は「名前を変えよう」とは言ったが、名前選びには一切加わっていない。若手メンバーたちだけでTansaと決めた。探査報道で前進していくんだという若手自身の覚悟だと私は受け止めている。
日常の些細なことにも変化が随所にみられるようになった。
例えば私が朝、事務所にあるみんなの机を雑巾で拭いていた時のことだ。中川がやってきて私を叱った。「いいことしてるのに、なんで叱られるんだ」と思ったが、中川曰く、「使っている雑巾が汚い。かえって机が汚れるやないですか」。
中川は事務所を使う当事者として、私を注意したのだ。そこに編集長への忖度など一切ない。嬉しかった。
ジャーナリズム敗北記念月間
だが喜んでばかりはいられない。日本のジャーナリズムは極めて脆弱な状態にあるからだ。Tansa自体がまだまだ力不足だし、これまで力を持っていた新聞社やテレビ局は、急速に衰退している。
この状況を権力は見逃してはいない。12月16日に敵基地攻撃能力の保有などを明記した「安保3文書」を閣議決定、12月22日には原発の新規建設を閣議決定した。戦争と東日本大震災という日本で最大級の惨禍を経て、これまでの政権が手をつけてこなかったことを一気に転換した。これはジャーナリズムの弱体化が招いた事態である。2022年12月は、「ジャーナリズム敗北記念月間」として後世に記録されるだろう。
資金が足らないとか、人が足らないとか、私たちにとっては一大事でも権力側には関係ない。それどころか好機である。
Tansaは私たちの武器である探査報道で、来年を反転攻勢の一撃を加える年にする。ぜひ応援してほしい。
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