編集長コラム

東京地検特捜部「応援報道」の危うさ(46)

2023年02月11日15時54分 渡辺周

韓国・ソウルに出張中の2月9日、ニュースタパ(打破)代表のキム・ヨンジンさんたちと会食していて、「これでは権力と一体だ」と意見が一致した記事がある。ニュースタパは韓国の公共放送であるKBSやMBCのジャーナリストたちが、イ・ミョンバク政権による弾圧を受け、集団退社して立ち上げた。市民4万人のマンスリーサポーターが、寄付で運営を支えている。

権力と一体な記事とは、この日の朝日新聞朝刊2面「組織委・電通 談合筋書き」だ。筆者は金子和史記者と川嶋かえ記者。東京地検特捜部が8日、東京五輪・パラリンピック大会組織委の運営局で次長を務めた森泰夫氏や、電通のスポーツ局長補だった逸見晃治氏ら4人を、談合事件の容疑者として逮捕した「内幕」について書いている。

記事では冒頭でまず、「公の意識に欠けた組織委に、電通が加担して作り上げた『出来レース』」と断じる。

「出来レース」と書く根拠は、特捜部と公正取引委員会が得た「証拠」だ。容疑対象であるテスト大会の計画立案業務について、森氏と電通側が会場ごとの受注候補を記した一覧表である。記事ではこの一覧表について、業者が「『得意分野をまとめただけ』などと談合の認識を否定」していることに対して、捜査側に加勢する。

「検察幹部は『人は殺したけど殺人じゃないと言ってるようなもの』と一蹴」

私にはこの検察幹部の理屈が全く理解できない。これがまかり通るなら、容疑者が否認したらどんな事件でも「『人は殺したけど殺人じゃないと言ってるようなもの』」で済ませてしまえることになる。今回のケースでは、捜査する側と業者の間で、一覧表についての評価が分かれる理由が重要なのであって、検察幹部の業者に対する反論を「一蹴」という表現で評価するのはあまりに雑だ。

検察に対する批判もないまま、そのストーリーを垂れ流す記述は続く。容疑対象のテスト大会の計画立案業務が、計5億4000万円で談合事件としては規模が小さい点を挙げ、次のように書く。

「検察側が『それだけでは迫力がない』として注目した談合の『うまみ』が、その後の業務だ。落札企業はそれぞれ、テスト大会の実施運営や本大会の運営業務も随意契約で請け負い、事業規模は計約400億円に上った」

「迫力がない」というのはどういう意味だろうか? 特捜部が手掛ける事件としては小さいので、逮捕した容疑対象はテスト大会の計画立案だが、事件を大きく見せるために本大会の運営業務までを談合事件に含めるということだろうか? さっぱりわからない。

「人質司法」への加担

記事を読んで私が最も驚いたのは以下だ。

否認を貫くか、談合だと認めて逮捕を免れる道を探るか――。捜査が山場を迎えた時期に迫られた選択だった。

2月初旬、森元次長もこれに続いた。「業者はこちらの意向である表を受けて、応札したりしなかったりしたんだろう」と供述した。電通が組織として認める姿勢に転じ、1人では闘えないという判断だった。

結果的に電通側も森元次長も逮捕されたが、任意段階で談合を認めたことで、起訴された場合の早期保釈や公判での情状酌量につなげる狙いもあった。

「否認を貫くか、談合だと認めて逮捕を免れる道を探るか」「任意段階で談合を認めたことで、起訴された場合の早期保釈や公判での情状酌量につなげる狙いもあった」というのは、「人質司法」の典型である。日本弁護士連合会は2020年11月17日付の「『人質司法』の解消を求める意見書」の中で、次のように説明している。

「無罪を主張し又は黙秘権を行使している被疑者・被告人を殊更に長期間身体拘束する勾留・保釈の運用が行われており,身体拘束は,自白を強要し,無罪主張を困難にさせる手段として機能している」

これでは朝日新聞が人質司法に加担しているのと同じことである。

反論しない朝日新聞

私は以下6点について、朝日新聞の編集局トップである野村周・ゼネラルエディターに質問状を出した。野村氏は東京地検特捜部の取材経験もある。

①朝日新聞は人質司法を容認しますか、容認しませんか。理由と共に教えてください。

 

②質問1に関し、人質司法を容認しない場合、先に引用した記事内容になった理由を教えてください。

 

③先に引用した、起訴された場合の早期保釈や情状酌量の「狙い」について、森泰夫氏に取材しましたか、取材しませんでしたか。理由と共に教えてください。

 

④先に引用した、起訴された場合の早期保釈や情状酌量の「狙い」について、逸見晃治氏に取材しましたか、取材しませんでしたか。理由と共に教えてください。

 

⑤先に引用した、起訴された場合の早期保釈や情状酌量の「狙い」について、電通に取材しましたか、取材しませんでしたか。理由と共に教えてください。

 

⑥朝日新聞の今回の報道が、人質司法への加担だとTansaがみなすことについて、異論があれば理由と共に教えてください。

野村氏からではなく、「対外的な窓口であります広報部」から回答が来た。

1~6のご質問にまとめて回答します。

 

平素より取材や編集の過程ついてはお答えしておりません。いかなる記事に

おいても十分取材を尽くすよう努めております。

それぞれの質問に一つずつ答えず、まとめて回答する手法は、不都合なことを聞かれた組織がよく使う。だが、1と6については取材や編集過程についての質問ではない。特に6については、人質司法に朝日新聞が加担しているとTansaがみなすことへの反論をするチャンスである。それを棒に振ることが、組織防衛だと考えているのだろうか。

権力システムの構成員としてのマスメディア

なぜ私が朝日新聞の今回の記事を批判するのか。それはマスコミのあり方を越えて、権力システムの問題だからだ。

東京地検特捜部に関する記事は、朝日に限らず大抵は「応援報道」だ。そしてやたらと謎の「関係者」が登場する。例えば今回の談合事件に関してはこんな感じだ。

関係者によると、森、逸見両容疑者は特捜部に容疑を認めている。鎌田容疑者は「受注調整はしていない」と否認しているという。読売新聞(2月9日付)

東京オリンピック・パラリンピックを巡る談合事件で、独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で逮捕された組織委員会大会運営局元次長の森泰夫容疑者(55)が東京地検特捜部の調べに「テスト大会と本大会の運営に関する契約は一体だった」と供述していることが関係者への取材で判明した。毎日新聞(2月9日付)

東京五輪・パラリンピックの事業を巡る談合事件で、大会組織委員会大会運営局の元次長森泰夫容疑者(55)=独禁法違反(不当な取引制限)容疑で逮捕=が、企業の割り振りに使った一覧表を応札予定の企業側に自ら提示していたことが9日、関係者への取材で分かった。共同通信(2月9日付)

大会組織委員会の大会運営局の元次長・森泰夫容疑者(55)が当初、「意中の企業にやらせたい」として、競争入札ではなく、随意契約での発注を提案していたことが、関係者への取材で分かった。東京地検特捜部はこうした意向が不正な受注調整につながったとみて調べている。朝日新聞(2月10日付)

何に関係しているかも示さず「関係者」と表記する方法は、特捜部の事件を報じる際の常套手段である。ここまで各社一斉に「関係者」としか書かないのは、それこそ談合を疑いたくなる。特捜部がリーク元ではあるが、そのことは悟られないように特捜部とマスコミ各社の間で談合しているのではないかいう見立てである。他の記事は例えば「自民党関係者」などと書くのに、特捜部の事件ではただの「関係者」なので、かえって特捜部がリーク元として疑われるという皮肉な結果になっている。それとも、特捜部とは別に、特捜部の捜査を常に把握していて、それを教えてくれる「X氏」でもいるのだろうか。

特捜部にしてみれば、マスコミ各社は自分たちにとっては都合の良いマイクだろう。マスコミ各社も記者クラブを基盤にし、特捜部の情報を独占できる。

今回、特捜部の捜査には公正取引委員会が加わっている。だが公取は、読者に販売されている新聞部数よりも多い部数を公表する「偽装部数」や、小売店の販売価格を新聞社が決める「再販制度」には切り込まない。

五輪でいえば、そもそも読売、朝日、毎日、日経は「オフィシャルパートナー」、産経と北海道新聞が1ランク下の「オフィシャルサポーター」だ。利権構造の一員である。

これらは権力システムの構成員たちの「共依存」なのだ。

もちろん、新聞社をはじめマスコミ各社は経営難でやがてなくなるのだから放っておけばいいという意見もあるだろう。

しかし、あと何年かはわからないが、マスコミ各社が存続する限り、権力者たちは自分たちの「広報機関」として利用し続ける。防衛費を急増させることや、原発の新設をあっという間に決めてしまう日本政府である。その間の社会へのダメージは大きいだろう。私はマスコミ各社を、権力システムの一員としてこれからも捉えて取材する。

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