編集長コラム

99人がバカにしても(66)

2023年07月01日16時01分 渡辺周

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『保身の代償』第31回の中に、共同通信の江頭建彦・総務局長と、松井隆一・東京支社長が千葉支局に来て、記者職から外すと石川陽一記者に宣告するシーンがある。両幹部と、同席した正村一朗・千葉支局長は、石川記者を一方的に責める。

石川記者が著書『いじめの聖域』(文藝春秋)で長崎新聞を批判したことで、難癖をつけたことは第31回で書いたのだが、幹部たちはそれ以外にも、石川記者の粗探しをしてグダグダと言っている。やれ他の支局員との調整ができていないだの、勝手に千葉県外を出るだの、上司が電話しても出ない時があり折り返しも遅いだの、そういう類のことだ。

こういうタイプの上司は私も経験した。若い頃は「糸の切れた凧」とか「悪の枢軸」とか呼ばれ、挙句の果てには「社会人としてまともになるまでは仕事をさせない」とまで言われたことがある。

だが同時に、「育ててやろう」という気持ちを持って接してくれた上司や先輩もいた。

朝日新聞に入社して、島根県の松江支局に赴任した私は、島根での在日韓国・朝鮮人を取材したいと思った。大阪や東京といった都会地と違い、島根は在日が少ない。同胞が少ない中、保守的な土地でどうやって生きてきたのかを知りたかった。警察担当だったので担当外の仕事だ。それでも、取材したいんだから仕方がない。アポを取って取材に出かけた。

取材中、支局からのポケベルがなった。見ると「9」のメッセージ。支局に連絡しろという合図だ。だが大事な取材中なので無視した。するとまた「9」と打ってくる。それでも無視していたら「9999」と打ってきた。「至急?」。こりゃ怒ってるな、と思いつつ取材を続けた。

取材が終わり支局に連絡すると、「お前はサツ担やろ!火事が起きたから連絡したんや。今すぐに取材しろ!」と頭からかじられそうな勢いで怒られた。怒鳴り声の主は、若手の教育係であるキャップだ。

その後、300字ほどの火事の原稿を、何度も書き直しをさせられた末に提出した。私は完全にふて腐れた。とっとと帰ろうと支局を出ようとしたら、キャップが私を呼び止めた。

「今日の取材はどうだったんだ」

取材した相手がいかに魅力的な人物だったかを、私は夢中になって話した。キャップは記事にする上で必要な補足取材についてアドバイスしてくれた。後日、特集記事として掲載した。

後年、その時のキャップと東京で飲んだことがあった。彼によると、あの時にキャップとデスクは「勝手に取材に行くとはオモロイ奴だ、育てよう」と意見が一致したらしい。そういえば、「勝手に在日取材」の後から、何かと教えてくれるようになった気がする。私が意気揚々と支局に上がってくると、「今日はいい目してるな、何があったんだ」と声をかけてきて、掴んだ情報を話す私にアドバイスするといった具合だ。

デスクの「そんなことじゃ世界の大記者にはなれんぞ」という叱咤は、心に刻まれている。まだ右も左もわからない新人に、本気で「世界の大記者を目指せ」という彼の姿勢に感銘を受けた。

エガちゃんから若者へのメッセージ

共同通信の幹部たちも、若い時に育ててもらった経験があるはずだ。自分がしてもらったことを当人にお返しすることはできないのだから、その分、後進を育てることで恩返しするのが役割だろう。

それを、寄ってたかって20代の石川記者をいびってどうする。自分たちが管理できないくらいのエネルギーを持つ若者の方が、有望ではないか。

深刻なのは、若手記者の情熱を削ぐような幹部たちが、共同通信だけではなく、今は日本のメディア業界全体に蔓延っていることだ。数々の若手記者たちに、同じような話を何度聞かされたことか。社の経営が傾き、余裕がなくなっているのだろうが、あまりに情けない。

それでも、若手記者たちは絶望しないでほしい。社内で孤立しても、社会が求めているのは、使命感と情熱を持つ職業人だ。組織人ではない。

私が30年来のファンである芸人に、エガちゃんこと「江頭2:50」さんがいる。不真面目だが真剣な人だ。YouTubeの「エガちゃんねる」の登録者数は379万人いる。

その江頭さんが2022年4月、代々木アニメーション学院の入学式に、いつもの半裸・黒タイツ姿で登壇して、アニメ業界を目指す若者たちにメッセージを送った。苦境にある記者の若者にも響くものがあると思うので、紹介する。

「夢を追いかけていたら、必ず壁にぶち当たります。うまくいかなかくて悔しい思いをしたり、恥ずかしい思いをしたり、どうしていいかわからなくなったり。でもそれは当たり前です。だって、お前らが追いかけているのは夢なんだから。簡単に手に入らないから夢なんです。それに打ち勝って掴むのが、夢なんです」

 

「やりたいと思わないなら、やらなくていい。でもやりたいと思ったら、あきらめずにやってください。真剣にやってみてください。俺はどんな仕事でも真剣です。お尻から粉を出す。これ、普通だったら、ただの変態です。でもなりふり構わず、真剣にやっていると誰かが笑ってくれる」

 

「バカにしてくるやつもいます。でも99人がバカにしても、1人が応援してくれたら、それでいいじゃねえか。1人が笑ってくれたら、それでいいじゃねえか」

 

人柄と共に江頭さんの言葉を受け取りたい若手記者は、ぜひ動画で視聴してほしい。元気が出るよ。

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