編集長コラム

我が子を残して逝けない親たち(69)

2023年07月22日17時32分 渡辺周

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自分がいなくなったら、この子はどうなるのか。我が子には、自分より長く生きてほしくはないと思うことさえある。そういう心境になる人がいることを、重い障がいを持つ人の親への取材を通して知った。

初めての取材は、今から20年前の2003年。教育を受ける権利をテーマにした特集を手がけた時のことだ。

かつて重度の障がい児は就学できなかった。行政は「就学猶予・免除」という言葉を使っていたが、学校に行きたい障がい児たちはいた。1979年に養護学校義務制が始まり、養護学校に通えるようにはなったが、その時点で18歳を超えている場合は就学を認められなかった。

私が取材したのは、それでも学校に行きたいと39歳で養護学校の中等部に入学し、45歳で高等部を卒業した女性と、その母親だ。母親が他の親たちと協力して、県の教育委員会にかけあったり、街頭でビラを配ったりして実現した。女性は卒業の文集で綴った。

「お母さんが、私が生まれた時に、不幸な悲しいドラマが始まると書いていました。でも私の人生は悲しいドラマではないです。安心して下さい。あんなことがしたい、こんなことができたらいいと、一生懸命努力してがんばりました」

取材は自宅におじゃました。母親が対応してくれたが、娘の姿が見当たらない。娘がしゃべることができないのは知っているが、私は同席してほしいと思った。自分のいないところで、自分の話をされるのは嫌だろうし、何より彼女の表情を取材中に感じとりたかった。私が「娘さんもご一緒にいかがですか」と提案すると、母親が言った。

「別の部屋にいるんです。父親が生きている時は、娘のことを抱えて移動させていたんですが、私ひとりになってからは重くて抱えられなくて。私も歳をとって衰えてきたし」

取材当時、母親は79歳になっていた。若い時は行政と対峙して、我が子の就学を実現させた母親が、しんみりしていた。

その後、島根から兵庫県西宮市に転勤してからも、重度の障がい児を持つ親たちを何度か取材した。ある親は我が子の障がいについて、「寿命が健常者より短い。私の方がこの子を残して先立つ心配はしなくていいのかなと思う」と言っていた。

名古屋で勤務していた時は、80代の父親が50代の娘を絞殺した事件を取材した。娘には子どもの頃から重い障がいがあった。母親が体調を崩してからは、父親が娘の介護をしていた。母親が亡くなって間もなく、父親は将来を悲観して娘を殺した。

この時は朝日新聞に司法修習生たちが研修に来ていて、私の取材に5人が同行することになった。私たちは、父親が娘の車椅子を押して殺害現場まで行く道をたどった。娘はどんな景色を最後に見たのか、車椅子からの視点になるため随所でかがんだ。殺害現場でもどうやって首を絞めたか再現した。

自宅周辺の住民への聞き込みもした。殺害までのプロセスで感じた父親の残忍さとは裏腹に、娘を思う父の姿が分かってきた。桜並木の下で、娘の歩行訓練に付き添う姿を見ていた住民もいた。

私は取材の後、弁護士や検察官を目指していた司法修習生たちに「君ならこの事件をどう弁護する?どう追及する?」と聞いた。「やはりこれはひどい犯罪だ」という修習生もいれば、「父親を孤立させる社会が悪い」という修習生もいた。実際の裁判では、父親には殺人罪で懲役6年の判決が下った。

重い障がいを持つ子の親ならどう思うか。私は愛知県内の3人に集まってもらって取材した。

3人が共通して言ったことがある。それは「我が子を残して死ぬわけにはいかない。心中しようと思った経験がある」ということだ。そのうちのひとりは、事件について「親が安心して死ねるような障がい者の受け入れ態勢を社会が整えるのと同時に、親を孤立させないことが大切、刑罰だけでは悲劇を防げない」と語った。自分自身、我が子の将来が心配で、重度の障がい者を受け入れる施設に入所させたいが、施設は不足していて、いつ入所できるか見通せないということだった。

実態調査すらしない政府

先日、テレビ新広島の「『この子より先には死ねない…』 障がいある子ども持つ高齢両親の不安 『老障介護』の現実」が、Yahoo!ニュースから配信された。

20年前に私が初めてこの問題を取材した時から、全く状況は良くなっていなかった。親の高齢化が進んだ分、問題はより深刻になっていた。施設に子どもを入所させたいものの、施設が足らない。ある施設は常に50人が入所待ちだという。

番組は「いったいどのくらいいの家庭がこの問題に直面しているのか、国は、まだ実態調査すら行っていません」と報じている。明らかに政府の怠慢である。当事者たちは日々の暮らしに精一杯で声を上げる余裕もない。その苦境につけ込んでいるとしか思えない。米国から言われればホイホイと防衛費を増やす機敏さとは、対照的だ。

名古屋での殺人事件以来、この問題は取材していなかった。取材を再開しようと思う。

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