編集長コラム

黒船無力化装置(71)

2023年08月05日22時03分 渡辺周

FacebookTwitterEmailHatenaLine

国連の「ビジネスと人権」作業部会の調査団が7月29日、大阪のPFOA汚染に関し住民や科学者をヒアリングした。中川七海はその情報をすぐにキャッチし、ヒアリングを受けた人たちに取材。調査団が住民たちの声に真摯に耳を傾け、汚染者としての責任から逃げるダイキンを問題視していることを把握した。ダイキンはこれまで、住民が署名を集めて提出しようと、国会で名指しされようと素知らぬ顔をしている。国連という黒船で事態は動くかもと中川も私も期待した。

結果報告の記者会見は8月4日、東京・内幸町のプレスセンタービルにある日本記者クラブで開くという。日本記者クラブの設立は1969年。クラブのウェブサイトには「来日する外国の大統領や首相、閣僚の記者会見を日本の報道界が自分たちの手で開きたい、と考えたのがクラブ創設の大きな理由」と書いてある。

ただ日本記者クラブは、新聞社や通信社、テレビ局といったマスコミ各社が会員となって構成されている。日本記者クラブがいう「報道界」とは、どこまでの範囲を言っているのだろうか。イヤな予感がした。

中川は早速、日本記者クラブのサイトから記者会見への参加を申し込むことにしたが、予感は的中した。申し込みフォームには、赤字でこう記されていた。

「※お申し込みは、日本記者クラブ会員、クラブ加盟社の方に限ります」

同じように国内外の要人が記者会見を開く日本外国特派員協会(FCCJ)の場合、報道実績があれば参加を認める。会員である必要はない。Tansaも何度か記者会見に参加した。

結局、中川はオンライン中継をみるだけになった。ダイキンによるPFOA汚染について、国連の調査団にたくさん質問したいことがあったのに、叶わなかった。

記者会見は、マスコミ各社の記者が、調査団が今回の来日で手掛けた問題の一つであるジャニー喜多川氏の性加害についてばかり質問した。途中、作業部会のダミロラ・オウラーイ議長が、ジャニー喜多川氏の問題以外にも質問をするよう促したが、ダイキンのPFOA汚染を質問する記者はいなかった。

7年前の国連の提言を今も無視

国連から任命されて、日本の報道の自由を調べにきた人物もいる。デビッド・ケイ氏だ。ケイ氏は2016年4月にFCCJで記者会見を開いた。そこで、各省庁などにある記者クラブがフリーランスやオンラインメディアを排除している状況を指摘し、記者クラブ制度を廃止するべきだと語った。

ケイ氏のヒアリングには私も当時、朝日新聞の同僚らと共に応じた。

ケイ氏は来日するまでは、日本の状況を少し誤解しているようだった。政府や政治家は朝日新聞にどんな圧力をかけてきたのかと、私たちに聞いてきた。私が「圧力をかけられたわけではないが、勝手に自粛してコケるんだ」と説明すると、不思議がっていた。同僚らも丁寧に説明し、「権力が強いのではなく、メディアの側が弱いのだ」ということを理解してくれたようだった。

おそらく、私たちと同じような話を他のヒアリング対象者たちからも聞いたのだろう。記者クラブ制度などメディア側の問題に、より重点を置く調査結果になった。

今回、ビジネスと人権に関する国連の調査団が記者会見を開いた場所は、ケイ氏が指摘したことを無視しているマスコミ各社の牙城である。マスコミ各社は記者クラブ制度を排除するどころか、しがみついている。官公庁から便宜をはかってもらう特権を手放したくないのだろう。日本のジャーナリズムを取り巻く状況をよく知らずに来たのだろうが、FCCJで記者会見を開いてほしかった。FCCJであれば、マスコミ各社であろうとTansaであろうと排除することはない。

ダイキンは、高笑いしているのではないだろうか。私が、PFOA汚染の責任から逃れたいダイキンの幹部ならこう思う。

「日本記者クラブで記者会見やるなら大丈夫だよ。Tansaの中川は出席できないから、会見でダイキンがクローズアップされることはない。マスコミはジャニー喜多川の問題しか興味ないし、ウチが日頃から新聞やテレビには広告をいっぱい出してるから安全だよ」

この推測、あながち外れていないと思う。

記者会見の後、中川はダイキンに質問状を送った。国連の調査団が、「汚染者負担の原則に基づき事業者が責任を」と会見で述べたことへの見解を問うた。

だが今も回答はない。国連の「ビジネスと人権」の調査団からの指摘を受けているのに、世界中でビジネスを展開する大企業の態度とは思えない。

マスコミ各社の牙城が、黒船を無力化したことで、高を括っているのである。

編集長コラム一覧へ