編集長コラム

「脱ガラパゴス」の旅へ(77)

2023年09月16日20時25分 渡辺周

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Tansaには2つのデビュー記念日がある。

ひとつは、Tansaが前身のワセダクロニクルとして創刊した2017年2月1日。

もうひとつが、2017年11月15日。南アフリカのヨハネスブルグで開かれた「Global Investigative Journalism Conference」(世界探査ジャーナリズム会議、GIJC)の初日だ。

GIJCの主催者は、Global Investigative Journalism Network(世界探査ジャーナリズムネットワーク、GIJN)。非営利独立の探査報道機関のネットワークで、2003年に設立された。90か国から244組織が参加している。世界大会は2年に1度開かれ、約1500人のジャーナリストたちが世界中から集う。互いの取材スキルを学びあったり、コラボレーション取材の相手を探したりする。

GIJNには、ワセダクロニクルを創刊する前に加盟を模索した。探査報道を、非営利独立の報道機関が協力しあい盛り上げる大きなうねりが起きているのに、日本からの加盟はゼロだったからだ。長らく続いた新聞やテレビのマスコミ体制は、足下が崩れはじめているにもかかわらず、ムラの中に閉じこもっていた。「ムラの中の回覧板」しか流通しなければ、日本社会は「ガラパゴス」になる。

しかしGIJN側は「探査報道の作品を出した実績がなければ加盟できない」という考えだった。電通、製薬会社、共同通信、地方紙の癒着を暴いた「買われた記事」を創刊シリーズとして出した後に、加盟できることになった。ヨハネスブルグのGIJCに参加する2か月前には、日本外国特派員協会(FCCJ)から、「報道の自由推進賞」を受賞した。当時はマスコミのタブーだった電通に切り込んだことが評価された。確かな実績を伴って加盟することができた。

ヨハネスブルグのGIJCでは、私がこれまで体験したことのない空間が広がっていた。ジャーナリストである前に、組織人であることを優先する日本マスコミの世界とは違う。ひとりのジャーナリストとして互いに接する。

例えば、日本のマスコミの記者たちは初対面の際に、政治部だの社会部だの、所属する部署を相手に尋ねたり、自己紹介したりすることが多い。だが、世界のジャーナリストたちは「どんなストーリーを追っているのか」と取材テーマを聞いてくる。

ジャーナリストとして自立しているから、互いの仕事を尊重する。

私が「買われた記事」を、「これまで聞いたことがないような話」というセッションで発表した時は拍手がわき起こった。日本のマスコミでは、同業者の仕事を称える文化は乏しい。それどころか、他人のスクープをクレジットなしで「追っかけ報道」するくらいだ。長年マスコミの世界に身を置き、辟易していた私には新鮮だった。

5日に1人、ジャーナリストが殺されていく

それから2018年にソウルであったアジア大会、2019年にドイツのハンブルグで開かれた世界大会にTansaのメンバーは現地まで赴いて参加した。

行く度に肌身が引き締まる。ジャーナリストの仕事が命がけだということを実感するからだ。

ジャーナリスト保護委員会(本部ニューヨーク)によると、1992年から2023年まで2204人のジャーナリストとメディア従事者が殺害された。平均すると毎年70人以上、ほぼ5日に1人、世界のどこかで殉職者が出ていることになる。命は助かっても、投獄や拷問に遭ったジャーナリストたちも多い。

当然、世界中からジャーナリストが集まるGIJCでは、自国の同僚が殺されたことを語る場面が頻繁にある。汚職取材をしていた同僚が、車を運転中にバイクで近づいてきた犯人に射殺されるまでの過程を、再現VTRで見せながら検証したジャーナリストもいた。再現VTRをつくるのは辛かったに違いない。それでも、同じ痛恨事をもう誰にも経験してほしくないという思いに駆られていたのだろう。誰をいつ取材するか、チーム内で常に共有しておくことなど教訓を熱心に説いていた。

報道の自由度が世界68位(2023年、国境なき記者団調べ)と日本は低迷しているが、本来、報道の自由度が低いのは、ジャーナリストの殺害や投獄が頻繁な国だ。日本のように殺害や投獄が非日常の国で、この順位というのは恥ずかしい。その認識が日本の記者の中で希薄なのは、職務に対する真剣さがないからではないか。真面目な記者は多いが、真剣さがない。

Tansaは、まさに全身全霊をかけて職務にあたるGIJCの参加者たちと出会い、ギアが上がった。

インドネシア、韓国、イギリス、アメリカ、ドイツなど世界各国の報道機関と協力関係を築き、数々の探査報道作品をリリースした。もちろん、GIJCで得た世界最先端の取材スキルも貪欲に取り入れてきた。私自身、朝日新聞にいた16年間で培ったものが通用するのか、一つ一つ検証し、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返した。

世界の潮流に置き去りにされないために

9月19日から、スウェーデンのヨーテボリでGIJCが開かれる。2019年のハンブルグ大会以来、コロナ禍を経ての現地開催だ。Tansaからは辻麻梨子、中川七海、高橋愛満、渡辺の4人が参加する。

私が楽しみにしているのは、若手3人が世界のジャーナリストたちの佇まいに接し、化学反応を起こすことだ。

2017年にTansaがGIJNに初加盟して以来、いまだに日本の報道機関の加盟はない。日本のジャーナリズムが、世界の潮流から置き去りにされず健全に機能していくためには、Tansaの若手たちに触発された若者たちが後に続くしかない。私は確信している。

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