編集長コラム

ニュースタパを強制捜査、韓国検察・ユン大統領の愚(78)

2023年09月23日21時36分 渡辺周

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スウェーデン・ヨーテボリでの世界探査ジャーナリズム会議(GIJC)には、世界各国のジャーナリストたちが、コロナ禍を挟んで旧交を温める場になった。2017年にTansaの前身のワセダクロニクルを創刊して以来、私は特にアジアのジャーナリストたちと親交がある。衰えないジャーナリズムへの意欲を、互いに確かめあった。

だが1人、来るはずの人の姿が見えなかった。韓国・ニュースタパ代表のキム・ヨンジンさんだ。

私が初めてキムさんに出会ったのは、2014年のサンフランシスコ。GIJCとは別の探査報道の大会に参加した時のことだ。私はまだ朝日新聞の記者で、キムさんはイ・ミョンバク大統領の報道機関弾圧に抗してKBSを辞し、すでにタパを立ち上げていた。タパは、4万人の寄付会員に支えられた非営利独立の探査報道組織だ。私はタパに触発されてワセダクロニクルを創刊した。「お金のことを心配するより、まずは記事を出してスタートを切るんだ、市民が応援してくれる」と私の背中を押したのもキムさんである。

キムさんがヨーテボリのGIJCに来られなかった理由は、つい9日前に起きた事件にあった。

9月14日、ソウル中央地検特別捜査チームがニュースタパのオフィスと、記者の自宅を強制捜査した。韓国大統領選3日前の2022年3月6日、タパはユン・ソンニョル大統領候補(現大統領)が検事だった時代に、都市開発をめぐる融資ブローカーへの捜査を行わず容疑を揉み消したと報じた。ソウル中央地検は、この報道が虚偽で名誉毀損にあたるという理由で強制捜査を行なった。

タパには20人の検察官らが捜索令状を示して、オフィスに入っていった。担当記者の自宅にも、彼が子どもを学校に送っていこうと家を出た瞬間に検察官ら8人が踏み込んで来た。

現職の大統領の座にある人物の名誉が毀損されたという理由で、検察が報道機関を強制捜査するのは異常である。大統領は最高権力者であり、常にその権力を報道機関から監視されることは民主主義国家としての基本だからだ。名誉毀損を理由に強制捜査を行うのは、まるで独裁国家のようだ。

しかもユン大統領は、元検事総長だ。政治と検察との癒着が疑われる構図の中で、自身の名誉毀損について検察が捜査を行うのは滑稽ですらある。こんなことをしていれば、国際社会からの信用が失墜するのは必至だ。

市民から届く海苔巻き

私は、ユン大統領が怯えているのだと思う。タパはこれまで、検察の捜査のあり方やユン大統領のスキャンダルを追及してきた。日本と同様、韓国もマスメディアによる検察への批判は弱く、探査報道で検察を追い込んできたタパの存在は際立っていた。

もちろん、自分たちの報道で反省すべき点があれば、取材・編集過程を検証する必要があるだろう。しかし、そのことと報道弾圧に対する闘いとは別だ。国家が自らの権力を濫用し、報道機関を潰しにかかってくる場合は、一歩たりとも引いてはならない。自組織を守るためだけではなく、民主主義社会を守るための責務だ。

そのことをタパのメンバーたちはよく分かっている。強制捜査にやってきた検察官たちを前に、隊列を組んで抗議の声を張り上げた。キム・ヨンジンさんもタパのリーダーとして、朗々と抗議の弁を述べた。その様子を動画で見ていると、タパのメンバーは全くうろたえていない。

ヨーテボリのGIJCには、キムさんは来られなかったが、タパからキムさん以外は予定通り参加した。私は今回の弾圧についてカメラインタビューを受け、このコラムで書いているのと同様のことを語ると共に、次のようなメッセージを韓国語で伝えた。

「タパは韓国社会に必要不可欠です。韓国の皆さん、どうかタパを応援してください」

ヨーテボリでの最後の夜となった22日、タパの8人とTansaの4人で食事に行った。リ・ミョンジュさんは、強制捜査後に市民から続々と寄せられたタパへの激励メッセージをスマホで見せてくれた。市民からはメッセージだけでなく、海苔巻きやお菓子、栄養ドリンクも届けられるという。寄付者は1日で100人増えた。

市民からの応援が途切れることなく、ユン大統領と検察を跳ね返すだけの力になることを切に願う。私たちTansaも、力の限りタパを支えていく。

ソウル 中央地検の強制捜査に抗議するニュースタパのメンバー(ニュースタパの動画より)

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