編集長コラム

「正義」の落とし穴(80)

2023年10月07日13時27分 渡辺周

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ジャニーズ事務所が10月2日に開いた記者会見で、会見の運営にあたったコンサルティング会社が、記者を選別する「NGリスト」を作っていたことを、メディアが一斉に追及している。

追及するのは当然だと思う一方で、私には疑問がある。それは普段、記者クラブを拠点に活動している新聞社やテレビ局が「記者の選別」を理由に、今回の件を批判できるのかということだ。

省庁や自治体、警察に置かれている記者クラブでは、質問どころか、そもそも加盟社以外は参加できないところが多い。参加できたとしても、記者クラブの許可がいる。9月に産業労働組合「関生支部」の組合員を被告とした最高裁の判決があった時は、関生支部側が記者会見に臨んだが、会場の司法記者クラブの許可が必要だった。会見前にTansaをはじめ、非加盟社の参加希望メディアの名前を幹事社がクラブ内の放送で読みあげ、異議がある場合は幹事社に申し出るよう伝えていた。

記者を選別し特権の中で仕事をする日常を送りながら、ジャニーズ事務所の記者会見での「NGリスト」には、猛然とかみつく。なぜこのようなことが平気なのか。

「正義」に陶酔する中で、「そういう自分はどうなのか」と矢印を自分自身に向けることを忘れているのだろう。

自分に矢印を向けると

ではそういう私はどうなのか。「正義」を振りかざして失敗した体験は、私にもある。記者になって数ヶ月。私が初めて「スクープ」を出した時のことだ。

ある企業で多額の横領事件があったという情報を、私は得た。すぐに横領した幹部の自宅を割り出し、本人に確かめようと取材に向かった。

本人はまだ帰宅していなかった。妻に「○○さんにお聞きしたいことがありまして」と横領の件は出さずに告げ、自宅にあげてもらった。妻はまさか悪いことで取材に来ているとは思っていないので、お茶を出してくれた時に「ご出身はどちらなんですか」などと和やかに言葉をかけてくる。

やがて本人が帰ってきた。彼は当初はあやふやなことを言っていたが、事実を認める。その上で「お金も返すし、転職もした。何より家族は今回の件を何も知らない。頼むから書かんでくれ」とすがってきた。

私は聞き入れなかった。内心で「何を言ってるんだ、ドロボーはドロボーじゃないか。自業自得だ」と思いつつ、彼の自宅を後にした。当然、記事は書いた。

しかし、あの記事には決定的に足らないものがあった。

それは、幹部がなぜ横領してしまったのかということだ。「ドロボーが何を言っているんだ」という態度ではなく、「横領したきっかけは?」「悩んでいたことは?」と一つ一つ真摯に耳を傾ければ、そこが分かったかもしれない。

結局、自分に矢印が向いてなかったのだと思う。誘惑に負ける弱い気持ちは自分にだってあるという内省があれば、相手の心中を知ろうとしたはずだ。

実際、私も子どもの時なら横領経験がある。

母にケーキを買ってくるよう頼まれ、お金を預かってケーキ屋さんまで行くと休みだった。その帰り、すぐ近くに私の好きなキャラクターが含まれている「ガチャガチャ」を見つける。お金を入れてレバーを回すと、プラスチックのカプセルに入った商品が出てくる販売機のことだ。1回だけガチャガチャをやるつもりが、私のお気に入りのキャラクターが出てこない。結局、ケーキ代金として預かった全額をスってしまった。

帰宅してその失態を言えないでいると、当然、母から「ケーキ屋さんは休みだったのにお金は?」と詰められる。一つ、また一つとポケットからガチャガチャで得た丸いカプセルを差し出す。メチャクチャ叱られた。

もちろん、私の子ども時代のことと、企業幹部の横領事件を同列に比べるのは違うかもしれない。しかし、「あの時の気持ちをこの人も持ったのかもしれない、程度は違っても本質は同じではないか」と自分に矢印を向けながら取材に臨めば、「悪行の理由」を引き出すことができる。報道内容は単なる「断罪」を超え、どうすれば同じことが繰り返されないか、社会でその方策を共有できる内容になる。

ジャーナリストは聖人君主ではないところに、いい仕事をするためのポイントがあると思う。

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