編集長コラム

根性の出しどころ(86)

2023年11月18日14時57分 渡辺周

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1000人を対象にした全国最大規模のPFAS疫学調査が、大阪で始まった。11月11日、医師や科学者、市民の有志が「大阪PFAS汚染と健康を考える会」を立ち上げた。

アメリカでは疫学調査の結果、PFOA(PFASの一種)が病気の原因となることがわかり、大手メーカーのデュポンが責任を認めた。大阪での主な汚染源はダイキンだが、同社は責任を認めていない。会としては疫学調査を通じダイキンに汚染の責任を取らせるねらいがある。Tansaはそのことを重要なポイントとして報じた。

この疫学調査のニュースを報じたマスコミは2社。大阪の朝日放送と毎日放送だ。

ところが、とても不自然なのは汚染源について触れていないことだ。PFASが人体に有害であると「指摘されている」とか、摂津市の住民からアメリカの基準を超える高濃度のPFASが検出されたことは説明しても、その原因となっているダイキンの淀川製作所についてはダンマリだ。2社のニュースをみたら、PFASは自然発生するものなのかと勘違いする人がいるだろう。

ダイキンはテレビで頻繁にCMを流している。今回のニュースをMBSで視聴した「考える会」のメンバーは、Tansaの中川七海に「ダイキンのCMが流れていた」とがっかりして連絡してきたという。

大企業との力関係がひっくり返るとき

CMの放映料が主な収入である民放テレビ局にとって、スポンサーがいかに重要かはよくわかる。

私は大学を卒業した後、日本テレビに入社した。報道局を志望したものの営業局へ。仕事のひとつに、番組でスポンサーに不利益な内容が含まれていないかをチェックするというものがあった。例えば、サントリーがスポンサーなのにドラマのシーンで俳優さんがキリンのビールを飲んでいないか。お笑い番組で芸人さんたちのアドリブが、スポンサーの悪口になっていないか。放送前に下見したり、収録に立ち合ったりした。私の場合は、自分の役目を忘れてドラマに感動し、芸人さんのトークには爆笑してしまっていたので、役には立たなかったが。

しかし、いくらスポンサーが大切とはいえ、これだけは譲れないという矜恃はないのだろうか。

PFAS汚染でいえば、人の命と健康に関わる問題だ。アメリカでの疫学調査では、PFOAによる6疾患への影響が明らかになっている。

①妊娠高血圧症ならびに妊娠高血圧腎症

②精巣がん

③腎細胞がん

④甲状腺疾患

⑤潰瘍性大腸炎

⑥高コレステロール

妊娠高血圧症は赤ちゃんと母親の命に関わる。国立成育医療研究センターによると、全妊娠の5〜10%に発症し、母子の死亡に至る場合があるという。

ジャーナリズムは誰かを攻撃するためにあるのではない。守るためにある。守るものは市井の人たちであり、平穏な暮らしだ。Tansaの中川が執念を持って取材を続けているのも、ダイキンが憎くて攻撃したいからではない。PFOA汚染により健康を害する人が少しでも出ないようにしたいからだ。

萎縮し硬直したマスコミ組織の中で、窒息しそうな日々を送っている記者やディレクターが多いことはよく知っている。「そうはいっても」で始まる悩みを嫌というほど聞いてきた。

それでも私は「ここぞというときは根性出そうよ、ジャーナリストとして共に闘おう」といいたい。力を結集すれば、大企業との力関係は簡単にひっくり返るはずだ。

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