編集長コラム

母の無念と「裏金議員」たちのブルーリボン(90)

2023年12月16日9時01分 渡辺周

FacebookTwitterEmailHatenaLine

北朝鮮に拉致された可能性が高い河嶋功一さんの母、愛子さんが12月1日に逝去した。90歳だった。

河嶋功一さんの事件は、「消えた核科学者」と関連して取材した。功一さんは原発で使うロボットアームを大学で研究した。動燃でプルトニウム製造係長だった竹村達也さんと同様、核技術を狙った北朝鮮に拉致された疑いがある。2009年に北朝鮮が弾道ミサイルを発射した後、金正日総書記と写った技術者たちの集合写真に、功一さんとよく似た人物がいた。警察も拉致の疑いで捜査してきた。

功一さんが失踪したのは、1982年3月だ。大学を卒業し、横浜市内のアパートから、静岡県浜松市の実家に引っ越しする日だ。浜松市内の企業に内定していて、翌日は入社式だった。

母の愛子さんと、父の孝浩さんは、引っ越しを手伝うため横浜のアパートへ。ふたりは荷物を積んで車で浜松に戻り、功一さんは一足先に新幹線で浜松に行くことになった。だが、功一さんが「気をつけて帰ってきてな」と両親に言って駅の方面に向かったのを最後に、行方が分からなくなった。

そこから、両親や妹の智津子さんら、家族による長年にわたる必死の捜索が始まる。警察とのやり取りはもちろん、政治家たちにも掛け合った。

2005年5月には、安倍晋三氏にも面会した。安倍氏が自民党の拉致問題対策本部長を務めていた時だ。安倍氏は「もしかしたら目をつけられて誘い出されたのかもしれないですね」と言い、「もう少し動きがあればちゃんと取り上げていかなくてはいけないと考えています」と語った。

詳しくは「消えた核科学者」の中で明らかにしていくが、その後、重要なことが判明する。だが、政治家たちは動かない。進展がないまま、孝浩さんは2010年9月に82歳で逝去した。

それから13年あまりが経った2023年12月1日、愛子さんが亡くなった。安倍派をはじめ、自民党の裏金が東京地検特捜部の捜査で暴かれていく最中のことだ。

12月14日には、松野博一官房長官が辞任した。松野氏は拉致問題担当大臣を兼任していた。だが、力のない目で裏金の説明から逃げる松野氏に、北朝鮮との交渉を指揮できたとは思えない。

異様なのは、松野氏をはじめ、「裏金議員」たちがブルーリボンバッジを胸につけて公衆の前に現れることだ。拉致被害者救出への思いを象徴するものとして着用しているのだが、この期に及んでどういう神経をしているのだろうか。政治家として今後、拉致問題を解決する意思も能力もあると錯覚しているのだろうか。私には拉致問題を保身に利用しているとしか思えない。

智津子さんが、愛子さんの晩年の心境を教えてくれた。

「何度期待してもちっとも進展しないので、兄のことはあきらめている、孫たちの成長を見守ることを生きがいにすると母は申していました。でも本心では、そうやって自分自身を納得させるしかなかったんだと思います」

写真は、赤ちゃんの功一さんを抱く愛子さんだ。

 

 

12月1日から、新たに記者を雇用するためのマンスリーサポーターを募集するキャンペーンを始めています。月2000円のマンスリーサポーターが200人いて、若手を1人雇用できます。助成金は一度きりの場合が多く、若手を継続して雇って育成するにはマンスリーサポーターの支えが必須です。何卒、マンスリーサポーターの登録をよろしくお願いいたします。ご厚意は決して無駄にしません。

 

キャンペーンの詳細はこちらから。

編集長コラム一覧へ