編集長コラム

夜行バスで来る青年(91)

2023年12月23日16時17分 渡辺周

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Tansaの学生インターン・古波津優育(こはつ・ゆうすけ)は毎月1〜2回、住まいがある奈良県から夜行バスで東京にやって来る。泊まるのは1泊2000円ほどの宿。いつもバックパッカーのような大きなリュックを背負っている。

古波津は「ジャーナリストになりたい」とインターンに志願したのだが、Tansaの事務所は東京だ。本格的に育成しようと思えば、オンラインでのやりとりだけではなく、東京に来てもらう必要がある。地元で大学に通いながらTansaのインターンを全うできるのか。本人は「できる」と言った。

ジャーナリストに必要な心構えと技術を、体系的に伝授していくというのが私の方針だ。レクチャーと、取材への同行を主な柱とし、その都度本人が感じたことをレポートにしてもらっている。

先日はレクチャーの後、私が大学時代に参加していた「日本経済史研究会」での、韓国人の親友たちとの会食に連れて行った。私が本欄の「50年ぶりの日本語で伝えたメッセージ」で書いた親友2人だ。両人とも東京で仕事をしている。

後日、古波津が提出したコラムを抜粋する。

はじめに出てきたきゅうりのにんにく炒めのおいしさに衝撃を受けながら、久々の再会だという渡辺たちの話を聞きました。その中で心に残った言葉があります。それは渡辺の友人が私に向けて言った「記者に必要なのは人間愛だ」という言葉です。

私は驚きました。というのも、ちょうどその日のTansaの学びの中で、記者にとって大事なのは人の痛みがわかることであり、優しさをもつことだと聞いていたからです。渡辺も驚いていました。「それちょうど今日言ったことと同じです」と。

このコラムを読んで、発見が二つあった。

一つは古波津のアンテナの感度の良さ。レクチャーで感じたことをコラムにするようにと宿題を出したわけだが、彼はレクチャー外の会食でのことを書いている。あらゆる場面でアンテナを張って、自分の感性に触れたものを吸収している。それを表現する意欲もある。

もう一つは、ジャーナリストの育成は本職だけが担うものではなく、様々な出会いの中で行われるということだ。

よく考えてみると、自分自身も、取材先をはじめ多くの良き出会いがあったことで育ってきた。

記者として島根県松江市に赴任して3か月余り。350字ほどの記事を朝日新聞の島根版に書いた。障がい者の自立支援団体が、重度の障がい者とボランティアとの生活を追ったドキュンタリーの自主上映会を開くため、スーパーの前で募金をしているという内容だ。

ところが記事が掲載された日、団体の事務局長から松江支局に抗議があった。記事の中で間違いが散見されるという。支局長は「すぐに支局に上がってこい」とカンカン。支局に行くと「こんな小さな記事で、なんでこんな間違えるんや、お前はどういう取材をしとるんや、今から謝りに行ってこい」と叱られた。

半ばふてくされながら謝りに行った相手は、団体の代表だ。彼が私の取材に対応した。重度の障がいを持っているため発音がままならず、ほとんど何を言っているか聞き取れなかった。「こんなことを言っているんだろうな」と勝手に判断したのが記事で間違いがあった原因だ。

彼は病院で暮らしている。カーテンで仕切られた病室の一角のベッドで横たわっていた。私はベッドの脇で腰をかがめ、「この度はいろいろと記事で間違ってしまってすみませんでした」と謝った。だが、うめくように何かを話しているものの、聞き取れない。怒っているのか、許してくれているのかも分からない。私は、「そもそもこちらの言うことを理解できていないのではないか」と考え病院をあとにした。

支局に戻ってまもなく、メールが届いた。彼からだった。

「先ほどはわざわざ来ていただいてありがとうございました。渡辺さんは、僕の言葉がはっきりしない中で、何度も聞き直すのは申し訳ないと思ったのではないのでしょうか。でも分かるまで聞いていいんですよ。今回のことは気にせず、立派な記者さんになってください」

何て失礼な態度を取ったのだろうと、自分が恥ずかしくてたまらなかった。同時にこの時の言葉は、それから20年以上経った今もしっかりと心に刻まれている。

Tansaの若者たちには、これからいろんな出会いが待っていると思う。良き出会いに恵まれることを心から願っている。

12月1日から、新たに記者を雇用するためのマンスリーサポーターを募集するキャンペーンを始めています。月2000円のマンスリーサポーターが200人いて、若手を1人雇用できます。助成金は一度きりの場合が多く、若手を継続して雇って育成するにはマンスリーサポーターの支えが必須です。何卒、マンスリーサポーターの登録をよろしくお願いいたします。ご厚意は決して無駄にしません。

 

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