編集長コラム

考える勇気(95)

2024年01月20日12時56分 渡辺周

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共同通信と係争中の石川陽一さんを取材する、中川七海の反応が興味深い。マスコミ組織の文化にいちいち驚いている。

例えば殺人事件が発生した直後での取材。記者は被害者の顔写真を入手するよう上司から命じられる。かけがえのない人を亡くしたばかりの遺族のところへ行き、写真の提供をお願いする。遺族はぶしつけな記者の依頼に怒る。

だがここで、記者が上司に「こんなことをして何の意味があるのか」と疑問を投げかければ、返り討ちにあう。

「何も考えずに仕事をすればいいんだ」

「お前はジャーナリストではない、組織人だ」

似たような光景は、マスコミ組織では日常的に見られる。「頭でっかちになるな」という言葉がよく聞かれる。要は、命令を実行するため何も考えずに体を動かせということだ。組織の側は命令に従う記者を評価するから、記者の方も迎合していく。私もマスコミ組織の中にいて、そうした場面に日常的に遭遇した。

組織に迎合することがいかに危険か。記者になりたての頃に経験した出来事がある。

多くのマスコミ組織の新人と同じように、私も最初は警察担当だった。警察幹部の自宅を夜に訪れて情報を聞き出す「夜回り」をしていた。

ある日の夜回りで、私は警察幹部から少年院で自殺した少年がいると聞いた。私はニュースにすることではないと思ったのだが、支局に戻って先輩や上司と話をしている時に何気なく自殺のことを言うと、上司は時計をチラリと見て言った。「まだいけるな、最終版に間に合う」。

上司たちによると、自殺自体よりも、自殺を防げなかった少年院の管理の甘さがニュースなのだという。私は遺族の自宅に行って、本当に自殺したのか確認を取ってくるよう命じられた。夜回り先で酒を飲んだので、タクシーで向かった。すでに夜の11時を過ぎている。

自宅の前に着いた。周囲は田んぼで辺りは真っ暗。音もしない。「忌中」と書かれた提灯が玄関先にあった。やはり少年は亡くなっている。このまま引き返そうーー。

しかし、と思った。もし自殺以外の理由で亡くなっていたらどうするのか。そもそも亡くなっていたのが少年ではなく、他の家族だったらどうするのか。迷った末に、私はインターフォンを押した。

弟らしき少年が出てきた。弟に話を聞くわけにはいかないので、親を呼んでほしいと頼んだ。

母親が来た。私が「夜分に大変申し訳ありません、息子さんのことなんですが」と言いかけた時だった。母親は泣き崩れた。私は謝罪しながらすぐにその場を去った。

何てことをしてしまったのだろうと、心底後悔した。自分を軽蔑した。母親に我が子が自殺したかを確認するというのは狂っている。本当に少年院での自殺がニュースだと思い、遺族への取材が必要ならば後日、取材依頼をすればいい。それを事実確認だけの目的で夜遅くに押しかけるのは、最終版に間に合わせたいという新聞社側の勝手な都合だ。こうして当時のことを書いている今も、恥ずかしさがこみ上げてくる。

私の心中とは裏腹に、支局に戻ると酒盛りが始まっていた。「おお、よくやったな。特ダネだ」と褒めてくる。結局、自殺したかどうかの確認は少年院の側から取れたという。

この時、固く誓った。

「自分の頭で考え抜いた上で行動するんだ」

「絶対に組織の言いなりになってはならない」

「現状の奴隷」でいいのか

石川さんが中川に言っていたことで、なるほどと思ったことがある。

それは「組織に所属する記者にこそ『保身の代償』は読んでほしいけど、彼らは何も感じないかもしれません」ということだ。考えないことに慣れてしまっているためだというのが、石川さんの分析だ。私もそう思う。

考え始めたら、意味のないことばかりしていることに気づくかもしれない。辛くなるだろう。

だが考える勇気を持たない限り、「現状の奴隷」のまま時間は過ぎていく。

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