編集長コラム

挑戦者だけの権利(106)

2024年04月06日16時07分 渡辺周

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同じ記者会見に出席していても、取材者によって報道内容に濃淡がある。3月31日に「大阪PFAS汚染と健康を考える会」が開いた記者会見はその典型だった。

Tansaは「ダイキン元従業員の血液から国平均298倍のPFOA検出/高濃度の上位5人中3人が元従業員」。

ダイキン工業の淀川製作所で働いていた人たちの高濃度曝露に踏み込んだ。その上で淀川製作所に近い大阪府摂津市民と、大阪市東淀川区民の血中濃度が他地域に比べて高かったことを報じた。

298倍は桁外れの数字だ。自社の工場で勤めた人を健康危機に晒しているダイキンは、責任から逃れられない。そのことを記事で示した。

これに対して朝日新聞は「摂津市民ら1192人、血液調査 ダイキン周辺でPFAS 市民団体/大阪府」。

血液検査をしてどうだったのかがニュースのはずだ。しかし、この見出しでは血液検査をしたこと自体がニュースになってしまう。

本文では摂津市民の高濃度は報じている。しかし、ダイキンの元従業員が極めて高濃度だったことには触れていない。

毎日放送は「発がん性指摘される『PFAS』/工場付近の川から高濃度で検出・・・住民に血液検査行うと『約2割の住民』で基準値超」。

本文では近隣住民と、工場の元従業員が高濃度だったことは報じている。だが、ダイキンの名前は一切出していない。ダイキンの淀川製作所については「PFASを過去に扱っていた工場」、元従業員については「工場で働いていた人」としか表現していない。

入念な準備

ダイキンを追及するTansa、及び腰の朝日新聞と毎日放送。この違いはどこから来るのか。

担当の中川七海は、勢いでダイキンに立ち向かっているわけではない。編集長の私も「訴えられてもいいから、どんどん行け」などとは言わない。Tansaのような小さな組織は、裁判で負けて賠償金を払うような失敗をするわけにはいかない。

だが、挑戦する姿勢がある。大きな相手であっても挑む。中川だけではなく、Tansaのメンバーであれば共有していることだ。

挑戦者だという自覚があるからこそ、膨大な取材をする。ダイキンの社外秘文書も入手したし、元従業員も取材した。その上で、3月31日の「大阪PFAS汚染と健康を考える会」の記者会見に臨んでいる。記者会見で出た情報だけを頼りにしているわけではない。

記事を放つ前は、相手の立場になって自分の記事に弱点がないか「粗探し」をする。批判相手の企業の広報部や法務部ならどう攻めてくるか。シミュレーションするのだ。このシミュレーションをクリアして初めて記事をリリースする。

挑戦者として十分な準備をする。Tansaがダイキンなど大きな相手にも踏み込める理由だ。

さらに、挑戦者でいることは重要なものをもたらしてくれる。成長だ。努力を重ねることで自身が成長するのだ。挑戦しない人は努力をしないし、成長しない。成長は、挑戦者だけが得られる権利だ。

Tansaの若手たちが「この問題を何とかしたい」と力のある目で言ってきた時、それは成長のチャンスだ。「大変だからやめとこう」とは絶対に言わない。私の仕事は、どうすればやり遂げられるかを共に考えることだ。

私自身も、挑みたいことがまだまだある。

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