編集長コラム

探査報道ジャーナリスト10要件(107)

2024年04月13日8時54分 渡辺周

Tansaを創刊して得た大きな収穫の一つは、世界中に探査報道ジャーナリストの友人ができたことだ。

普段から頻繁に連絡を取り合っているわけではない。だがコラボ取材や、2年に1回開かれる探査報道ジャーナリズム世界会議(Global Investigative Journalism Conference)で会うとすぐに意気投合する。

こういう関係が築けるのは、探査報道に打ち込むジャーナリストとして、大切にしていることが同じだからだ。一言二言、会話を交わしただけでも、「あー、はいはい」と分かり合える。

ドイツのコンラート・アデナウワー財団が、『探査報道マニュアル』を制作し世界各国の言語に翻訳するプロジェクトを実施したことがある。インドのジャーナリスト、サイード・ナザカトさんが執筆し、Tansaは日本語版の翻訳とケーススタディを担当した。

その中に「優れた探査報道ジャーナリストになるには」という項目があって、10の要素を挙げている。拠点にしている国に関係なく、探査報道を手掛けるジャーナリストならばどれも頷ける内容だ。

①勇気

探査報道は、知られたくない秘密を掘り起こすので危険に晒される。当局からの圧力、上司からの検閲、場合によっては死の脅威に直面する。それらを押し退けるには勇気と勇敢さが必要だ。

 

②好奇心

日常生活で5つの「W」と1つの「H」を尋ねる能力が探査報道の始まりだ。

 

③情熱

ジャーナリズムはあなたを金持ちにする可能性は低く、あなたから多くの時間とエネルギーを吸い上げる。また、探査報道ジャーナリストであることは、権力者の虎の尾を踏む可能性が高い。場合によってはあなたの生命に危険を及ぼす。この仕事に挑戦しようとするのは、真実、正義、あるいは声なき声の代弁者になるというような、より高潔な大義を信じているからこそだ。

 

④自主性

多くのニューズルームは限られた資源で運営されている上、厳しい締め切りに追われている。探査報道ジャーナリストは、自主的にリサーチし、アイデアをしっかりとした記事計画に形作る必要がある。取材のための助成金を自分で見つける努力も必要だ。

 

⑤思慮分別

口が軽いと関係者の命を危険にさらすことがある。情報をライバルに密告され、スクープをすっぱ抜かれる場合もある。口が軽いだけで計画が台無しになる。

 

⑥公正さと倫理

探査報道は、情報源の仕事の安全や生命さえも危険にさらす可能性がある。無謀な告発者も同様に危険だ。優れた探査報道ジャーナリストは、情報源にも取材対象にも丁寧に対応する。可能な限り危害から保護されるよう、行動規範をしっかり身につけている。

 

⑦論理的思考、自己規律

探査報道は時間がかかる。多くの場合、法的リスクがあるため詳細な検証が行われるからだ。事実を何回もしつこく確認するため、時間の使い方を工夫して慎重な計画を立てる必要がある。

 

⑧幅広い一般知識と優れた調査スキル

取材していて不得意な分野が出てきた場合、探査報道ジャーナリストはその分野の背景、慣習、用語、登場人物、問題点をすばやく習熟する必要がある。専門家とのコミュニケーション能力、検索エンジンを活用する能力、有用な本を見つけて拾い読みする能力などすべてが不可欠だ。幅広い読書も重要だ。

 

⑨柔軟性

取材が予想に反し、当初よりも遥かに興味深い方向に行く場合がある。最初から行き詰まることもある。探査報道ジャーナリストは、こういう場合には最初のアイデアに縛られず、取材計画を練り直す柔軟さが大切だ。

 

⑩チームスピリットとコミュニケーション能力

秘密厳守が非常に重要なため、場合によっては、特定の安全保護手段を講じるまで記事を他の人と共有できないことがある。しかしほとんどの場合、最良の記事は、ニューズルーム内外のスキルを結集した協力的な取り組みから生まれる。カトリックの司祭による児童への性的虐待事件を暴いた『スポットライト』のチームがいい例だ。
探査報道の記事を書くためには、科学や健康、経済学から社会学に至るまで、あらゆる知識が要求される。一人のジャーナリストでは、いかにその人が博学でも、すべての分野の専門家になることはできない。優れた人脈が、チームの一部となり貢献する。良好なコミュニケーションも、チームワークにとって大切だ。チーム全体が記事の目的を確実に共有し、正確性、誠実さ、機密性に対する高い意識を持てるようになる。

この10項目を実践できれば、間違いなく探査報道ジャーナリストして、いい仕事ができる。

しかし、これらを実践するのは難しい。「勇気」や「情熱」、「チームスピリット」などそう簡単には持てない。怖気付き、気持ちはすぐに冷め、自分のことだけをしていたい。

それでもこの10項目を実践するには、「自分のためではなく他者のために仕事をする」という気持ちを持つことが大切だと思う。

自分のことでは気が弱くて怠け者。協調性もない。けれども、犠牲者や弱い立場の人の力になりたくて取材をしている時は、別人のような迫力を見せる。寝食を忘れる勢いで仕事をし、仲間と協力する。そんなジャーナリストたちはいる。

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