編集長コラム

希望の匂い(105)

2024年03月30日13時22分 渡辺周

Tansaのシリーズ『保身の代償』を授業の題材にとり入れている高校がある。東京の東久留米市にある自由学園だ。

自由学園は1921年(大正10年)、ジャーナリストの羽仁もと子・吉一夫妻が創立した。羽仁もと子さんは報知新聞で記者をした後、1903年(明治36年)に「婦人之友」(当時は家庭之友)を創刊した。女性ジャーナリストの先駆けだ。

自由学園は建学以来、「『真の自由人』を育てる」を教育理念にしている。『保身の代償』に登場する大人たちとは真逆だ。高校2年生がいじめを苦に自殺するという事態に直面してもなお、組織の体裁や自分の責任回避を優先させた。

生徒たちは授業で、自殺した福浦勇斗(はやと)さんの胸中に思いを馳せた。これ以上犠牲者が出ないためにはどうしたらいいか。いじめ防止対策推進法の改正案まで考えている。『保身の代償』の取材・執筆者である中川七海は、これまで何度か自由学園の授業で講義をした。生徒たちの真剣さにいつも感じ入って帰ってくる。

3月16日には自由学園の卒業式があった。『保身の代償』の授業を担当している教諭・高野慎太郎さんから、私はスピーチを頼まれた。喜んで引き受けたものの、これは難しい。何を話したらいいんだろう?

悩んだ末、「ワクワク感と使命感を持ち続けてほしい」というメッセージにすることにした。ワクワク感と使命感の二つがそろってこそ、様々なしがらみを断ち切って自由を獲得できるからだ。私はジャーナリストなので、これまで経験した取材を例に話した。

だがこれは茨の道だ。誰もが応援してくれるわけではないからだ。場合によっては妨害されるし、自分の大切な人ですら理解してくれない。前人未踏の地へ行こうとすれば、失敗も山ほどする。

だからこそ、うまくいっていない仲間がいたら、「ちょっとおいでよ」とみんなで迎え入れられる同窓生の関係であり続けてほしい。自由学園はそういう場所であり続けてほしい。スピーチの最後ではそのことを伝えた。

しかし、私に言われるまでもないようだ。

この日の卒業式では、担任の先生が卒業生の名前を一人ずつ呼んだ。感極まり声を詰まらせては、気持ちを鎮めて再び名前を呼んでいく。生徒への愛情がひしひしと伝わった。

生徒たちは心を一つにして合唱した。

男子の合唱団が歌ったのは『あの鐘を鳴らすのはあなた』。阿久悠さん作詞、森田公一さん作曲で、和田アキ子さんが歌う名曲だ。この歌をカラオケで歌う人はよくいる。私もたまに歌う。だが断然、生徒たちの合唱がよかった。心がこもっていたし、あの若者たちに歌詞がよくマッチしていた。

あなたに逢えてよかった

あなたには希望の匂いがする

つまずいて、傷ついて、泣き叫んでも

さわやかな希望の匂いがする

 卒業式から2週間が経ったが、今でも私は『あの鐘を鳴らすのはあなた』を口ずさんでいる。

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