大学を出て日本テレビに入社した。驚いたのは、社内中に前日の番組視聴率が張り出されていることだ。テレビ局が視聴率を重んじることは知っていた。だがここまでとは・・・。当時日テレは、フジテレビを抜いて視聴率がトップだったから、毎日がお祭りのようだった。
そうであればと、プロデューサーの先輩社員に聞いたことがある。
「なぜワイドショーにしろ、報道番組にしろ、どの局も同じ時間帯に放送しているのでしょう?日テレだけ違うことやれば視聴率をとれるんじゃないですか?」
プロデューサーの回答。
「分かってないなあ。日本人というのは、他でも同じことをやっているという安心感が前提として必要なんだ。基本的にはどこも同じことをやっていますよと安心させておいて、ちょっとだけ違いを出すのがコツなんだ」
なるほどと思いつつ、なんて退屈な会社に入ってしまったんだろうと思った。2年もしないうちに辞めた。
この手法は今も変わってないようだ。たまにテレビをつけると、大体同じ時間帯にワイドショーやバラエティ番組を放送している。ワイドショーのコメンテーターたちも同じような組み合わせで構成されていて、バラエティではクイズをしているか、タレントが何かを食べている。
「他が同じことをやっていれば安心する」という特性は、メディアの側に身を置く人にも当てはまる。沸点を超えると、「他に乗り遅れてはならない」という参加レースになり、視聴者・読者と共に途方もないエネルギーを生み出す。
普段は萎縮しているから、「みんながやっている」という安心感を得ると一気にエネルギーを解き放つ。「批判」から始まっても、水に落ちた犬を叩く「リンチ」へと変貌していく。
例えば、フジテレビが閉鎖的な記者会見で説明責任を果たさなかった問題。確かにフジテレビは批判されて当然だ。あんなことをしているようでは、報道を担う組織としての資格はない。
しかし、新聞社やテレビ局は普段、記者クラブを盾に加盟社以外に差別的な対応をとる。自分たちに都合の悪いことには、取材依頼や質問状に対して無視を決め込む。普通の神経ならば、「自分たちも本質は変わらない」と内省する。そのことを棚に上げて、フジテレビには猛然と噛みつく。
正義感からの行動とは思えない。憂さ晴らしと、多くの視聴者・読者を獲得するビジネスが原動力ではないのか。
鯉がエサに殺到している間に
さらに大きな問題がある。
それは、一つの対象にエネルギーが集中すれば、他の問題は放置されるということだ。池に投げられたエサに、鯉が水しぶきを上げて殺到する一方で、池の隅でいじめられたり池から放り出されたりする命がある。
Tansaは「5つの約束」を掲げるが、最初の約束として「旬のニュースを消費せず、事態が変わるまで報道します」を持ってきている。
私たちは、探査報道によって犠牲者が置かれている状況を変えることを目指しています。取り上げるテーマは犠牲者を救うために何を変えたらいいのかという視点で選びます。読者の興味に合わせて次に移ることはしません。着手したら、事態が変わるまで粘り強く報道を続けます。
世の中の熱狂がどうであれ、人知れず苦しむ人のためにやるべきことをやる。そのために自分たちに課した約束だ。

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