編集長コラム

ジャーナリストを目指す中学生からの問い(4)

2022年04月04日16時46分 渡辺周

4月16日に始まるTansa School ベーシックコース2期では、有望な10代は特待生として迎える。そのうちの一人、中学3年の男子生徒は先日、私にこう質問してきた。

「渡辺さんは善の中の悪、悪の中の善があることを信じますか」

鋭い。この仕事をする中で、いつも考えさせられることだ。

シリーズ「強制不妊」では、故人である長瀬秀雄さんという医師が登場する。かつての同僚や部下を取材すると、長瀬さんは産婦人科医で、「温厚で人格者」として慕われていた。

長瀬さんの妻も取材した。妻は夫のことを「本当に、本当に親切なんですよ」「なかなか妊娠しなくて困っている方の面倒をよくみていました」と回想した。夫はカメラ好きで、お産を終え退院する母親に自分が撮影した赤ちゃんの写真をプレゼントしていたという。

一方で長瀬さんは、宮城県中央優生保護相談所附属診療所の所長を務め、強制不妊手術に邁進した。1964年に厚生省が主催し静岡市で開かれた「第9回家族計画普及全国大会」では、こう発言している。宮城県は当時、強制不妊手術の件数が全国最多だった。

「人口資質の劣悪化を防ぐため、精薄者を主な対象とした優生手術を強力に進めております」

長瀬さんから手術をされた被害女性は後に「私の人生を返してほしい」と電話したが、長瀬さんは女性のことを覚えていなかった。

シリーズ「双葉病院 置き去り事件」では、自衛隊が数々の失態を重ねたことを明らかにした。

例えば関東と東北の部隊が合同で開いた救出のための作戦会議では、東北の部隊が途中で会議を抜けて単独で双葉病院に向かってしまう。東北の部隊を管轄している東北方面総監部からの指令があったからだ。

その結果、互いの引き継ぎがうまくいかなかった。東北の部隊の後から来た関東の部隊は、患者35人が敷地の奥にある療養棟に残っていることに気づかず双葉病院から引き上げてしまった。

この「組織悪」がもたらした重大な結果の一方で、現場の個々の自衛隊員は奮闘した。2度にわたり救助に当たった若手の自衛隊員は、療養棟に患者がいることを自衛隊幹部に報告したにも関わらず、幹部たちにスルーされたことを、後の検察官からの聴取に語っている。

「郡山駐屯地に戻った際に、旅団長以下幕僚の前で、別棟(療養棟)に患者がいることについても報告していたので、別棟の患者の救助ができなかったことを聞いて悔しく思いました」

自衛隊は絶対的なタテ社会だ。それでも検察官に上司の失態を訴えるということは、救えた命を救えなかったことへの自衛官としての悔しさがあったからだろう。

何が善で何が悪か。取材するほどに両者は入り乱れる。だからこそ、現場にしか解はない。

 

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