編集長コラム

相手の城に出かける(6)

2022年04月18日20時10分 渡辺周

コロナを契機にオンラインミーティングが盛んになった。それでも、私たちの仕事では絶対に置き換えられないことがある。現場取材だ。特に取材相手の「城」に出かけると、得るものが多い。

先日はTansaの小倉優香と、北朝鮮に拉致された疑いが強い女性の妹のAさんを取材した。「消えた核科学者」以外にも、拉致問題の核心に迫る事案を追っており、その取材の一貫だ。

高齢の母親がいることから、喫茶店など自宅以外での取材も検討した。だが先方に用意していただいたフェースガードをつけて、自宅で取材をした。

取材は7時間に及んだ。私たちとのやりとりを通し思い出したことがあるたびに、Aさんは過去の資料を家の中から探し出してくれた。非常に貴重な手がかりを大量に得ることができた。オンラインではもちろん、喫茶店で取材しては得られなかっただろう。

直接的な成果以外にも「ご自宅におじゃまして良かった」と思えることが多々あった。

例えば、通された部屋には仏壇があった。私たちは線香をあげながら、亡くなった父と兄の遺影を拝見することができた。この2人の思いもAさんが背負ってきたのだなと実感できた。

私たちのお茶のおかわりを、Aさんがつぐ方法を知ったのも収穫だ。湯呑み茶碗に少し残っている冷めたお茶を、Aさんは別の容器に移してから新しいお茶を注いでくれるのだ。こまやかな気配りだなと感じると共に、Aさんを知る人は事件解明に協力してくれるだろうと予想できた。

4月15日にリリースした「公害 PFOA」の21回目では、摂津市民の署名集めに参加した倉井孝二さんが写真とともに登場する。我が子以外の面倒見も良く、「地域のお父ちゃん」と地元で慕われている人物だ。

担当の中川七海に私が「実名で顔出しOKってすごいね」と言うと、中川が面白いエピソードを教えてくれた。便利屋を経営する倉井さんは、ハウスクリーニングも手がける。その際に使っている「スーパー高圧洗浄機」がいかに威力があるか、熱弁したというのだ。

「なるほど」と私は思った。自分の仕事に情熱と誇りを持っている人は、正々堂々としているのだ。ダイキンや市を敵に回しても、子どもたちのためなら「実名・顔出し」に応じることなど、どうってことない。

口をつぐむ人が多い時、どういう人物が証言してくれるか。中川は体得したと思う。

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