編集長コラム

保育園の栄養士から「デカ記者」へ(12)

2022年05月30日16時45分 渡辺周

「消えた核科学者」の後編に向け、取材を続けている。この事件は、日本の核技術の第一人者である動燃のプルトニウム製造係長が北朝鮮に拉致された疑いがあるにもかかわらず、警察はまともに捜査していない。その分、Tansaは刑事のような取材を行う。

今週は、Tansaの小倉優香と北関東の町に聞き込みに行った。重要な手がかりを知っているかもしれない人物が、その町に住んでいるという情報を得たからだ。

だが住所がわからない。住宅地図を片手に地元の人に聞きながら、その人物の自宅を訪ねた。得ていた情報では80代の男性だ。Aさんとしておこう。

小倉の前職は保育園の栄養士だ。「ジャーナリストになりたい ! 」と一念発起し今年3月、Tansaに加入した。本格的な取材は「消えた核科学者」が初めてだ。見知らぬ人の家のピンポンを押すという行為自体、これまでの人生ではなかった。どうすれば相手に怪しまれずに済むか、例えばマスクは一瞬でもいいから外して顔をしっかり見せることなど私と打ち合わせをした。

Aさんの妻が出てきた。「何事か」という感じで驚いている。たが小倉は栄養士の時に園児からよく相談を受けていたというだけあって、人当たりがいい。丁寧に取材の趣旨を説明すると「夫は携帯を持っていないので連絡がつかないが、今は図書館に行っている」と教えてくれた。我々は図書館に向かった。

小さな町の図書館なので、行けばAさんをすぐ見つけられると思った。ところが、図書館には高齢男性がたくさんいる。平日の昼間だったからか、図書館で本を読んでいるのはほとんどが高齢男性だ。

小倉がひとりひとり、静まり返っている図書館で「Aさんですか」と声をかけていった。怪しさ満点。図書館の職員が小倉に不審の目をむけている。ただ取材ではこのようなことはよくある。私も「警察に通報するぞ」と聞き込み取材で言われたことがある。

7人目が、Aさんだった。Aさんは、ジャーナリストの辺見庸さんの本を棚から選んでいるところだった。辺見さんは骨太の取材で知られるジャーナリストだ。私は「辺見さんの本を読んでいるくらいなら、取材の趣旨を分かってもらえるに違いない」と思った。実際、私たちの取材に「頑張ってください」と共感し協力してくれた。

Aさんがあの町に住んでいるという情報から、足を使って聞き込みをし、最終的に取材への協力を取りつける。私が小倉に「すごいな、デカ(刑事)みたいやな」と言うと、「楽しかったです!」と満面の笑顔を見せた。

ジャーナリストになるためのルートが、決まっているわけではない。国内外のジャーナリストの知り合いだけでも、銀行、NGO、警察官、飛行機の整備士、化粧品会社と前職は様々だ。私自身、社会人になって初めての仕事はテレビ局の営業で、電通の若手社員とは公私ともに付き合いがあった。20年後に「買われた記事」で電通と対峙するとは思ってもいなかった。

メンバーの多様な経験が、Tansaを強くすると思っている。

 

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