編集長コラム

情熱とノウハウ(17)

2022年07月05日10時44分 渡辺周

Tansaの中川七海が手がけるシリーズ「公害 PFOA」が、PEPジャーナリズム大賞を受賞した。これまでTansaは、2017年の創刊シリーズ「買われた記事」で日本外国特派員協会の「報道の自由推進賞」を受賞して以来、共同受賞を含めジャーナリズム関連の賞を6回受賞してきた。今回で7回目の受賞となるが、これまでで一番嬉しい。若手が成長して受賞したからだ。中川がTansaの門を叩いたのは2020年3月、まだ2年半も経っていない。

辻麻梨子もまだキャリアの浅い20代だが、シリーズ「虚構の地方創生」が国会で取り上げられた。先日はTBSの報道特集で辻が受けたインタビューが放映された。「編集長も一応」ということで取材には立ち合ったが、TBSのディレクターは「辻さんだけでいいです」。私のことは全く撮影しなかった。それが私には嬉しい。

私が朝日新聞を退社してTansa(当時はワセダクロニクル)を立ち上げた時、決めたことがある。それは私が死んだ後も次世代を担っていくジャーナリストたちを、育成するということだ。自分がしたい取材を成就させるだけなら、フリーランスでもいい。だがわざわざTansaという組織にしたのは、育成に力を入れて未来に投資するためだ。

日本の記者で圧倒的に多いのは新聞記者で、全盛時には2万人を擁した。記者が育つ過程は、現場で経験を積みながら自分なりに先輩の真似をしたり、取材先に学んだりしながら力をつけていくというもの。一人前になるのに5年、探査報道ができる水準に達するのは10年というのが相場だ。

これに照らすと、全くの未経験者がTansaに入って探査報道を担うというのは無謀かもしれない。実際、同業者からは「まだ早い、そんなに甘いものではない」としばしば言われる。

だが本当にそうだろうか。新聞記者が育ってきたのと同じプロセスを、これからのジャーナリストも経なければならないのだろうか。

私はそうは思わない。二つの要素があれば、経験が浅くても探査報道だってできる。

一つは情熱だ。

これは「衝動」と言い換えてもいい。「問題意識」とかそういうレベルのものではない。「この事態を変えたい」という心の底からの欲求だ。私は高校の時にラグビー部だったが、「こいつは俺が止める!」と相手チームの選手に反射的に身体が動いてタックルに行く時の感覚に似ている。

情熱があれば大抵のことは乗り切れる。例えば中川は「公害 PFOA」の原稿を書き直すよう何度も私に言われたが、その度に食らいついて原稿を仕上げていった。

もう一つはノウハウだ。

いくら情熱があっても、方法が分からなければどうしようもない。旧来の育成は「職人技を見て盗め」という風潮があったが、教えて済むことならそちらの方が早い。情熱があれば教えられたことは試す。失敗したら反省して次に生かす。Tansaではそれぞれが「取材の学び」を記録し、他のメンバーとも共有している。

私の役目は、これまで感覚的にやっていたことを言語化し、体系的なノウハウにしていくことだ。そうすることで初めて、相手に伝えることができる。当初は「感覚的なものだから自分にしか分からないこともあるかな」と思ったこともあった。だが、実際にノウハウを作り上げていく過程で、本当に突き詰めれば言語化はできると確信するようになった。もちろん過去の経験に安住せず、常に私自身が学習してノウハウを更新していく。

先日、Tansaは全国から集まった10代の若者を対象に、探査報道の研修会を開いた。Tansaの若手たちが、さらに若い人たちに情熱を持ってノウハウを伝えているのを目の当たりにし、頼もしかった。こういう世代間のリレーが続いていってほしい。

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