編集長コラム

国葬と孤独死(19)

2022年07月23日15時58分 渡辺周

岸田文雄首相は記者会見で、安倍晋三元首相の国葬を行う理由をあれこれ並べ立てた。8年8か月という憲政史上最長の在任期間、東日本大震災からの復興、外交での成果・・・。

しかし、在任期間が最長だったのは安倍氏が優れていたからではないだろう。野党が弱すぎたからだ。各分野の成果についても、岸田首相は誰か違う人物のことでも言っているのかと疑いたくなるような内容だった。

例えば安倍氏の外交手腕を称えていたが、安倍氏自身が「最重要課題」に掲げていた北朝鮮による拉致問題ですら、首相として「最長の在任期間」を得ながら一歩も前に進まなかった。

「経済の再生」を安倍氏の功績として岸田首相が挙げた時は、東京の都営団地で孤独死が頻発していることに私は思いを巡らした。Tansaが2019年に報じた。貧困と高齢化が進み、年間500人超が都営団地で孤独死しているという内容である。英紙ガーディアンとの共同企画として取材し、Tansaとガーディアンの双方で報じた。

Tansa
「都営団地で、毎日1人が独りで死んでいた」
ガーディアン
「How Tokyo’s suburban housing became vast ghettoes for the old」

ガーディアンから「東京について探査報道したい」と共同企画の申し入れを受けた当時は、まだコロナウイルスが拡大する前だった。東京では五輪に向けた動きが活発化していた。企画内容をガーディアンの編集者であるクリス・マイケルさんと話しあう中で、次のような問いがもたげてきた。

「東京五輪に向けて盛り上がる人たちがいる一方で、実はその祝祭から置いてけぼりにされている人が多いのではないか」

私は都営団地の取材を提案した。都営団地は、高度経済成長時代は政府が「国民住宅」として位置付け、希望を持って地方から東京に出てきた人たちが住む場所だった。しかし、今は貧困に喘ぐ人たちが集まる住宅となっている。

取材を進めると、都営団地では孤独死が頻発していることが判明した。

2014年度 406人

2015年度 409人

2016年度 443人

2017年度 585人

2018年度 501人

孤独死した人たちはどのような人生を送ってきたのか。私たちは都営団地に何日も通い、住民への聞き込み取材を繰り返した。住民が孤独死に気づくのは、部屋から異臭がする場合が多いという。

ある男性は、1971年に都営団地に入居。映画会社の衣装係として働き、妻と息子2人の4人家族だったが、1980年代にくも膜下出血で倒れ入院した。退院すると妻子はおらず独り暮らしに。ベンチに座って「情けない」と泣いているのを近所の人が見かけている。

男性は晩年、弁当の宅配を取っていた。宅配の担当者が自宅を訪問しても応答がなくなったので警察に通報し、警察がハシゴを使って3階の窓から部屋に入った。男性は死んでいた。

遺骨の引き取り手はいなかった。男性はどのように弔われているのか。私たちは役所や、無縁仏を預かる地域の寺院などを取材したが、男性がどこに納骨されているのかも分からなかった。

日本の経済力が落ち込んでいく中で、社会からこぼれ落ち、孤独死する人たちがいる。この状況は今後も続くだろう。都営団地に住み、1日1000円以内の食費で暮らす70代の男性は言った。

「孤独死が怖いかって? 覚悟している」

誰にも弔われない人たちがいる一方で、なぜ安倍氏を税金を使って国葬にし、国民全員が弔わなければならないのか。

岸田首相は、国民を愚弄していると私は思う。

編集長コラム一覧へ