編集長コラム

NHKが「公共放送」から「国営放送」に ? (21)

2022年08月06日14時17分 渡辺周

不気味な番組をみた。

7月31日に放送されたNHKの「安倍元首相は何を残したか」である。政治、経済、外交の専門家に安倍氏の功績を語らせるという趣旨だ。安倍氏の功績を認める人がいてもいいが、この番組は「安倍氏を絶賛する会」という様相だった。以下3人の専門家が出演したが、NHKはそれぞれが何を語るかを踏まえた上で人選したのだろう。

政治の専門家 御厨貴・東京大学名誉教授

経済の専門家 大田弘子・政策研究大学院大学特別教授

外交の専門家 宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

安倍氏について3氏は語った。

御厨氏

「安倍さんは近年めずらしい政治の推進役、とどまっていることなく新しい課題を求めていく政治家」

大田氏

「性格的に朗らかだったこともあって、批判されようが揶揄されようが常に明るさを伴いながら発信を続けてこられた」

宮家氏

「1983年、39年前に初めて会った。とってもいい人柄ですよ。僕が通訳を失敗した時にね、優しい言葉をかけてくれた人ですよ。世界からみたらね、お世辞抜きで、ものすごい損失です。日本にとってももちろん損失だし。彼がやったことで日本の声に世界が耳を傾ける」

巧妙なのはNHKがバランスを演出したことだ。途中で挟むVTRで安倍氏の功績を挙げた後に、「一方で」と前置きして、森友学園や桜を見る会の問題、貧富の格差などを取り上げていた。

NHK解説委員の伊藤雅之氏も「評価が分かれている」と所々で、専門家に水を向ける。だが、伊藤氏が専門家の3氏に突っ込んだ質問をして批判することはない。「NHKとしては安倍政治の負の部分にも触れましたからね」というアリバイづくりの域を越えていなかった。

統一教会については、各メディアが一斉に批判しているこの期に及んでも、伊藤氏が匿名で質問していた。「今回の事件をきっかけに社会的に問題が指摘されている宗教団体と政治家の関係についてどう思うか」。

質問を受けた御厨氏も統一教会を匿名にして答えた。「安倍さんと特定の宗教が関係あったんだろう、ないだろうということも初めて明らかになった」。

NHKと出演者の間で「統一教会については匿名で」ということで打ち合わせでもしたのか。茶番である。

政府からNHKに5年で400億円超の支出

NHKと政府の関係の近さを裏付ける材料の一つに、政府から入る予算がある。

国の予算の支出先をチェックできるデータベース「JUDGIT」(Tansa、構想日本、日本大学尾上研究室、Visualizing.JPの共同制作)で調べてみると、2015年度~2019年度の5年間で400億4600万円。同時期の民放と比べるとその額の大きさがよくわかる。詳細はJUDGITでの各社の該当ページのリンクを添付したので参照してほしい。

NHK 400億4600万円

テレビ朝日 6億1300万円

日本テレビ 5億5500万円

TBS 4億9300万円

フジテレビ 4億7500万円

NHKの400億円のうち、150億円近くは政府機関が払う受信料だから単純比較はできない。研究開発や国際放送で受け取る予算なども、公共放送としての役割を担うための必要経費かもしれない。

しかし、多額の予算が政府からNHKに入ることで利害関係が生まれていることは確かである。

都合が悪いと「逃げの一手」

NHKと政府、特に放送行政を司る総務省との癒着がないか。Tansaは昨年6月にNHKに対して情報開示請求をしたことがある。NHKの情報公開制度は、受信料に運営が支えられていることからNHKが独自に設けたものだ。

請求した文書は以下だ。

日本放送協会の職員(会長、理事等を含む)と総務省の職員(大臣も含む)との飲食を伴う会合についての文書一切」

当時、東北新社やNTTによる総務省幹部の高額接待が問題となっていた。総務省は内部調査を実施し、32人の職員が国家公務員倫理規定に違反していたことが判明した。「NHKも総務省の官僚を接待しているのではないか」。そんな疑いを私は持った。

国会でもNHKの前田晃伸会長が参考人として国会に招集されたが、前田会長は「報道機関なので開示できない」と追及をかわしていた。

報道機関が取材での会食相手を全て公開するわけにいかないのは、分かっている。Tansaも取材で官僚と会食する時があるが、名前は公開しない。会食場所も人目に触れない店や個室を選ぶ。情報源を守るためだ。

こちらがチェックしたいのは、放送行政を歪めるような接待をNHKがしていないかである。

しかし、Tansaの情報公開請求に対してNHKは、「文書が存在するかどうかも教えられない」という決定をした。「文書はあるが公開しない」という決定よりもヒドイ。

この逃げを打つNHKの態度は、Tansaのシリーズ「強制不妊」の取材でも経験した。

NHKの経営委員会の委員を1958年から務めた岩本正樹氏は、「宮城県精神薄弱児福祉協会」の副会長だった。同協会は強制不妊手術の「徹底」を掲げていた政財界挙げての組織だ。そのような組織に、NHKの最高意思決定機関である経営委員会の委員が就いていたことをどう考えるのか。Tansaが質したところ、NHK広報局の回答は次のようなものだった。

「記録は、NHKには残っておらず、事実関係は確認できませんでした」

記録は図書館に行けば残っている。Tansaはそこで発見した。誰にでもアクセスできる公的文書だ。「報道機関」であるNHKが、基本的な確認作業もせずに「局内に記録がない」と逃げたのである。

新聞社が衰退する中で

NHKスペシャルにしろ、大河ドラマにしろNHKの番組の質が高いのは確かだと思う。あれだけの予算と時間をかけて番組を作れるのは、日本ではNHKだけではないか。新聞が経営難で滅びゆく中、受信料を徴収する特権を持つNHKの「1強化」が進行しているのだ。全国の取材網を将来的に維持できるのもNHKだけだろう。

問題は、NHKが政治権力と戦えないことだ。戦うどころか、「政府の広報機関」に成り下がってしまう。これでは「公共放送」ではなく「国営放送」である。

Tansaができることは、権力から独立した探査報道を出し続けること、そしてNHK自体を監視すべき政治権力の一部と捉えることだと私は思っている。

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