「おカネにならないのに調査報道は持続可能?」に答える(22)

2022年08月20日17時49分 渡辺周

8月18日、スローニュースがTwitterスペースで開いたトークイベントに出演した。テーマは「おカネにならない調査報道(探査報道)は持続可能か」。スローニュース代表の瀬尾傑さんの質問に答える形で、1時間ほど話をした。

これは世界的な課題である。世界の非営利メディアでは、大きな財団からの助成が豊富な米国のプロパブリカ、市民3万5000人の寄付がある韓国のニュースタパが、経営面でかなりの成功を収めている。だがほとんどの非営利メディアは苦しい。Tansaが加盟する非営利独立の探査ジャーナリズム組織ネットワーク「Global Investigative Journalism Network」では、2年に1度世界大会が開かれる。そこではいつも「運営資金をいかに集めるか」が重要なテーマになる。

探査報道には、主に三つの難点がある。

①時間がかかる

②取材してみなければモノになるか分からない

③訴訟リスクがある

このうち、③の訴訟リスクは自分たちの取材がしっかりしていれば、かなりの程度は回避できる。訴えられたとしても負けることはない。

資金を獲得する上でネックになるのは①と②だ。

探査報道は膨大な取材量が必要だ。これまでTansaが手掛けてきたテーマは大抵、取材に半年から1年はかかっている。取材相手の状況次第では事態が膠着する時があるので、10年越しの取材もある。

しかも、たとえ1000時間の取材をしても、モノにならない場合がある。肝心な証拠を掴めなかったり、取材すると当初の仮説とは違ったりするからだ。

私が朝日新聞の特報部にいた時、実家の母親に「あんたは仕事で何を担当しているのか」と聞かれ、私が「調査報道だよ」と答えると母は言った。「調査して記事を書くのは当たり前なんじゃないの ? 」。その時の体験から、Tansaは「調査報道」ではなく「探査報道」という言葉を使っている。単なる「調査」ではなく、膨大な手間としつこさを必要とする「探査」なのだ。

多くの記事を定期的に出せないというのは、記事を「顧客への商品」と考えた場合にはかなり不利だ。新聞やテレビが探査報道から撤退するのは、権力と闘う気持ちが萎えていることに加え、ビジネスとして成立しないと判断しているからだろう。厳しい経営難にさらされている中、探査報道に人と時間をかけている余裕はないのだ。

しかし、探査報道を「顧客への商品」ではなく、「事態を改善するために社会が持つ武器」と捉えた場合、景色は変わる。中途半端な取材では何も変わらない。例えば、Tansaの探査報道のうち、事態を動かすことができた以下の作品はいずれも徹底取材が元になっている。

【買われた記事】

電通が株主総会で社内規定の見直しを表明

共同通信の経営側が労使協議の場で「対価を伴う一般記事の廃止」を約束

東京都が製薬会社に改善命令

福岡市が共同通信配信の「買われた記事」を掲載した西日本新聞を指導

 

【石炭火力は止まらない】

日本企業と共にインドネシア・チレボンの石炭火力発電所に進出していた韓国中部電力が、事業撤退を表明

 

【強制不妊】

国会でTansa(当時ワセクロ)の報道が取り上げられた

被害者救済法が制定され、一時金の支給が決まった

安倍晋三元首相がおわびを発表した

 

【製薬マネーと医師】

国会で製薬マネーデータベースを使い審議が行われた

文科省が医学部を持つ大学に倫理規定の見直しを求めた

製薬会社がPDFでデータを公表するようになった

厚生科学審議会で、業界団体に製薬マネーデータベースの構築を提案

 

【検証東大病院 封印した死】

国会でTansa(当時ワセクロ)の報道が取り上げられた

厚労省と東京都が調査に入った

東京都が東大病院に指導した

 

【東京五輪組織委とパートナー企業の議事録スクープ 】

国会でTansaの報道が審議された

 

【公害 PFOA】

大阪・摂津市議会が全会一致で国に意見書を出した

摂津市民1500人が、ダイキンによる対応を求めて市長に署名を提出した

国会でTansaの報道が取り上げられた

 

【虚構の地方創生】

国会でTansaの報道が取り上げられ、岸田文雄首相が検証を約束した

こうした成果を出し続けるために、社会が武器としての探査報道を必要とするのなら、探査報道は持続可能だ。武器のオーナーとして資金を託してもらえれば、実際の仕事は我々がプロの代理人として請け負う。

幸いなことに、探査報道は小さな組織でも大きなインパクトを出せる。上記で紹介したTansaの成果も、メーンの取材者が4人しかいないような小さな組織が出した。

もちろん、この人員で今の成果を出し続けるには無理を重ねなければならず、まだまだ体制としては不十分だ。着手したいのに人員不足でペンディングしているテーマも積み上がっている。人件費のための資金をもっと得て、人を増やしたい。

しかし、例えば2000人の記者を抱えるような新聞社に比べれば、必要な資金はかなり少なくて済む。新聞社はあらゆる記者クラブに人を貼り付け、事象を細大漏らさずカバーするメディアだが、探査報道は特定のテーマを選んで取材を進める。そこまでの規模は必要ない。ネットメディアなら、新聞のような印刷工場も、テレビのような放送設備もいらない。

そして最重要なのは、探査報道を担う当事者が「おカネは必要な手段だが、目的ではない」ことを肝に銘じ、初志を曲げない覚悟を持つこと。この覚悟が弱まった瞬間、持続可能な探査報道組織への道は途絶える。私たちTansaのメンバーは、常にこの緊張感の中にある。