編集長コラム

警察庁長官の「茶番」記者会見28分(23)

2022年08月27日18時28分 渡辺周

警察庁の中村格(いたる)長官(59)が8月25日、やっと辞任を表明した。安倍晋三元首相が選挙演説中に殺害された事件から1か月半あまり。遅すぎる辞任である。

ところが、翌日の朝刊各紙は中村長官への批判が弱い。警察庁が同時に公表した警護の検証結果に重きを置いている。「検証が終わったので辞任した」という中村長官の言い分を受け入れてしまっている。

しかし、中村長官は「検証する側」ではなく、事件時の警察トップとして「検証される側」ではないだろうか。検証が終わるまで留任したのは「自分には都合の悪い検証結果にしたくない」という目的があったからではないか。私は疑念を持つ。

一体どうなっているのか。記事を読んでいてもさっぱりわからない。私は、共同通信がYouTubeにアップしているノーカットの記者会見動画をみることにした。

中村長官の「覚悟」に記者は

中村長官はダークグレーのスーツに白のワイシャツ、紺のネクタイ姿で記者会見に臨んだ。演台には、警察のシンボルマークである旭日章があしらわれている。背景のパネルには、警視庁の「ピーポくん」や、島根県警の「みこぴーくん」など都道府県警のキャラクラーたちが。なかなかのギャップだ。

中村長官は始めの発言で辞意を表明した。

「人心の一新を図るべく、私自身については本日、国家公安委員会に辞職を願い出ました」

質疑応答では、まず朝日新聞の記者が中村長官の辞職について聞いた。「ご自身の責任についてどのようなお考えで辞職を決断されたのか。事件から1か月半あまり、なぜこのタイミングなのか」。中村長官が答える。

「今回の事件を検証見直しする中で、わたくしども警察はですね、警護を一から出直そうという覚悟を決めたわけでございます。むしろ新たな体制、このタイミングで人心を一新するというのは、当然のことではないかという風にわたくしは考えております」

全く「当然」ではない。「このタイミング」が遅いのだ。しかも自身の責任について聞かれているのに答えていない。私なら、「なぜ責任をはっきり認めないのか」「あなたは検証される対象だろう、辞任した上で聴取を受けるべきだったのでは」と再質問で詰める。しかし記者はそれ以上質問せずに言った。

「ありがとうございました」

長官の「自白」

その後も食い下がる記者はいない。中村長官の発言は、「どうせ厳しい追及はない」と高を括ったようにひどくなっていく。

例えば時事通信の記者の質問への回答だ。記者はなぜ今回の事件が起きるまで、警護のあり方を定めた「警護要則」の見直しをして来なかったのかを問うた。中村長官は言った。

「個別の警護を都道府県警任せにしていたことが根本には問題があると申し上げました。なぜそういうことを見直してこなかったのかというお話ではございますけども、警護について、これまで重大な結果といいますか、そういう事案がこれまで発生しなかったことをもってですね、まあいわば、そういうことに対する、省みる思いというかですね、そういったものがなかったかもしれません」

「これまでは重大な結果が発生しなかったことをもってそれで良しとしてきた、ちょっとそういう雰囲気というのは、やっぱりそれは私は否定できなかったと思います」

要は、中村長官は「これまで大したことが起きていなかったから警護に緩みがあった」と「自白」しているのある。

そもそも「重大な結果が発生してこなかった」という認識からしておかしい。例えば1995年には警察庁の国松孝次長官が銃撃されている。犯人が誰かもわかっていない。中村長官のこういう弛緩こそ、今回の事件の検証対象にするべきである。

記者会見は28分27秒で終わった。

中村長官は最後まで、引責辞任であることを認めなかった。ツッコミどころが満載にもかかわらず、記者の質問はいちいち途切れ、10秒間の沈黙が流れることもあった。会見の司会者は4回も「その他いかがでしょうか」と促し、最後も「よろしいでしょうか」と念を押してから会見を終了した。

泣く部下、笑う上司

記者会見の途中、中村長官は読売新聞の記者に「責任を取っての辞任か」と問われ、そうではないと釈明する場面があった。その際、中村長官は言葉をとちり「大変失礼しました」と口に手を当てて笑った。何がおかしいのか、理解不能である。

一方で同じ日に記者会見を開いた奈良県警の鬼塚友章本部長(50)は対照的だった。終始言葉を詰まらせ、時々ハンカチで涙をぬぐった。中村長官は辞任を決めたタイミングについて問われた時に「私の内心の問題ですので、ここでお答えすることは控えたいと存じます」と逃げたが、鬼塚本部長は違った。

「事件発生以来、深く悩み、苦しみながらも、家族をはじめ支えてくれる方にも相談をいたしまして、事案の重大さと深刻さから、管轄責任を有する警察本部長として、これ以外に責任をとる道はないと考えた次第であります」

部下が泣き、上司は笑う。警察庁は要人警護で都道府県警を主導していく方針だが、一糸乱れぬチームワークが必要な仕事を、こんな組織にできるのか。

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