編集長コラム

岸田首相に読んでほしい『双葉病院 置き去り事件』(27)

2022年09月24日18時08分 渡辺周

岸田文雄首相が、原発を新たに建設しようとアクセル全開だ。2011年の東電・福島第一原発事故を機に止まった原発の再稼働も、今の10基から更に7基増やすという。何をしたいのか普段はよく分からない岸田首相が「国が前面に立って、あらゆる対応をとる」とまで言っているくらいだから、相当な強い意思だろう。

しかし、日本政府が原発という「怪物」を扱えるとは思えない。私は岸田首相に、Tansaの中川七海が手げけたシリーズ「双葉病院 置き去り事件」を読んでほしい。

シリーズでは、福島第一原発から4.5キロにあった「双葉病院」の入院患者と、介護施設「ドーヴィル双葉」の入所者が救助されずに置き去りとなり、45人が死亡した事件の真相をえぐっている。中川は、検察が自衛隊員や行政職員、病院関係者らに聴取した調書を入手した。その上で、現場や当事者への取材を重ねた。

明らかになったのは、自衛隊や行政による救助体制が原発事故を前に崩壊し、それを政府は全く制御できなかったという事実だ。

政府、福島県、近隣自治体、自衛隊などが事故時に詰める原発近くの「オフサイトセンター 」は、早々に撤退して「もぬけの殻」となった。

自衛隊の東北と関東の部隊が参加した作戦会議では、東北の部隊が会議の途中で関東の部隊を残したまま単独で救出に向かった。直属の東北方面総監部から命令があったからだ。この時に両部隊が連携しなかったことが、病院の奥の棟にいた患者に気づかず、置き去りにしてくる失敗につながる。一事が万事この調子で、犠牲者が増えた。

この大失態を犯したのは、菅直人首相の民主党政権である。しかし、自民党政権が事故の対応にあたっていたとしても、大して変わらなかったと思う。

昨年3月、水戸地裁の前田英子裁判長は、東海第二原発(茨城県東海村)の再稼働を認めない判決を出した。「実効性ある避難計画や防災体制が整えられているというにはほど遠い状態」という理由だ。福島第一原発の事故から10年経っても、この程度の体制しかつくれないのなら、政権が民主党であれ自民党であれ、原発を扱えるとは思えない。

原発は、安全性以外にも問題がある。

まず原発のゴミである高レベル核廃棄物を地下に埋める処分場が、未だに決まっていない。原子力発電が始まって以来、来年で60年である。

私は朝日新聞の「プロメテウスの罠」で処分場選定をめぐる政府の迷走と利権について連載した。原発を始めた当事者たちにはかつて、「数万年間も放射能が消えない物質は地球の外に出すしかない」と宇宙にロケットで核廃棄物を飛ばす案があった。原発を稼働させながら、そこまで無茶なことを考えていたのかと私は愕然とした。ロケットが事故で爆発すれば、放射能が地上に降り注ぐ。さすがにその案は採用されなかったが。

テロと戦争も怖い。ミサイルが撃ち込まれたり、工作員に潜入されたりすればひとたまりもないからだ。原発事故よりも、テロと戦争で原発が攻撃される確率の方が高いだろう。

警察の元幹部が、原発の警備体制について「かなり弱い」と嘆いていたのを思い出す。杜撰な警備で、選挙中の安倍晋三元首相の殺害を防げなかった日本の警察に、原発へのテロを防ぐ能力があるのだろうか。

それでも原発をやるのは、あまりに無責任だ。

『双葉病院 置き去り事件』で父を失った菅野正克さんの言葉が重い。原発事故から10年以上が経って、岸田首相が原発稼働にアクセルを踏むことを見透かしていたかのようだ。

「一体どこに責任があるのか、誰が責任をとるというのか。そのうち時間が経てば忘れてくれるだろうと。そう思ってるんじゃないですか」

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