編集長コラム

アリンコ潰しの「消費税インボイス制度」(31)

2022年10月22日23時36分 渡辺周

売上げが年間1000万円以下の事業者がピンチだ。売り上げの1割を失う危機が、1年後に迫っているからだ。

事業者を追い込んでいるのは、2023年10月から始まる消費税の「インボイス制度」。ターゲットとなるのは、主に企業に対してサービスや商品を売る事業者だ。フリーランスのライターや個人タクシーの運転手、大工の一人親方などが当てはまる。私のライターの友人たちからも悲鳴が上がっている。

「免税事業者」が「課税事業者」になる矛盾

なぜ売り上げの1割が飛んでしまうのか。

インボイスとは、料金に消費税が含まれていることを証明する書類のことだ。原材料を仕入れ、さらに付加価値をつけて消費者に売る企業は、仕入れ先にインボイスを求める。仕入れた原材料については、消費税を上乗せした料金をすでに仕入れ先に支払っているからだ。国への消費税の納入は、上乗せした分を預かっている仕入れ先が行う。

問題は、仕入れ先が、売り上げ年間1000万円以下の「免税事業者」である場合だ。免税事業者は消費税を納めていないので、インボイスを発行できない。

ならばと、免税事業者から仕入れていた企業は、インボイスを発行してくれる事業者に取引先を変える可能性が高い。そうなれば、免税事業者側の売り上げはゼロになってしまう。

これを免税事業者側が防ぐためには2つ方法がある。

一つは、免税事業者は自らその権利を捨て、消費税を払ってインボイスを発行する道を選ぶこと。この場合、料金据え置きで消費税分は自腹になる。

もう一つは、免税事業者のままで消費税分を値下げすること。この場合、値下げした分で取引先が消費税を納めることになる。

いずれにせよ、免税事業者は損をすることになる。

しかし、これは矛盾だらけの制度だ。

まず、「免税事業者」の制度は、年間1000万円以下の売り上げしかない零細事業者を守るのが目的だ。それなのに、インボイス制度は免税事業者に「課税事業者」になることを認めている。

次に、インボイス制度導入の理由としての「益税」対策である。これは現場の実態を無視していると思う。益税とは、商品やサービスを消費税分に上乗せしておきながら、消費税を納入せずに自らの利益にしている金を指す。だが、免税事業者のような小さな事業者は、価格交渉で常に不利な立場だ。益税を得るために価格を上げておくというのは困難だ。

そもそも「消費税」という言葉がおかしい。売り上げの中から事業者が税金を納めるのだから、「売り上げ税」の方がわかりやすい。実際、売り上げ税は1987年に中曽根政権は法案を提出したが、事業者に猛反対に遭ったことが響き法案は廃案に。その代わり登場したのが、竹下政権が1989年に導入した消費税である。消費税を納入するのは事業者だが、原資は消費者が負担するということで決着した。この時のねじれが、今回のインボイス制度にまで響いているのだ。

弱い者に強く、強い者に弱い政治

結局、弱いものには強く、強いものには弱い。これが日本の政治の特徴だと私は思う。

消費税に関して言えば、軽減税率が典型的だ。

新聞は消費税率引き上げの際、食料品以外で唯一、軽減税率の適用を受けた。私の財務省関係者への取材によると、これは当時の安倍首相の財務省への指示だ。本来ならば新聞は、首相の権力行使をチェックするはずなのに、特権を享受したのである。なぜ新聞だけが優遇されるのか。宅配制度に支えられた公共性が根拠だということだが、その宅配制度の中では、認知症のお年寄りに新聞を押し売りするという犯罪まがいのことが起きている。最も弱い立場のお年寄りをいじめているのだ。Tansaのシリーズ「高齢者狙う新聞販売」で報じた。

インボイス制度導入の理由に財政難を挙げておきながら、その真逆のことをやっているのも、恩恵を受ける相手が強い場合だ。

防災を前面に掲げた「国土強靭化」では、2021年から5年で約15兆円が投入される。自民党の支持基盤である土建業者を潤すだけなのではないか。

Tansaのシリーズ「虚構の地方創生」で報じたように、15兆円の予算を投入したコロナ地方創生臨時交付金ではモラルが崩壊した。全てが無駄とは言わない。だが、結婚式の披露宴に補助金を出したり、町役場の幹部の公用車のためにアルファードを買ったりと、税金を返せと言いたい。結局、これも支持基盤を固めて政権維持を図りたい自民党のために使ったようなものだ。財務省の主計局を取材した時、担当者は「政策は自分たちが知らないところで決まり、官邸からおりてくる。その額の大きさに感覚が麻痺してきた」と言っていた。インボイス制度で零細事業者から搾り取っても、官邸と自民党には抗わない。

10月26日に「STOP ! インボイス」@日比谷野音

この事態を何とか食い止めようと、10月26日18時30分から、千代田区の日比谷公園内の「日比谷野外音楽堂」で、「STOP ! インボイス」というイベントがある。「インボイス制度を考えるフリーランスの会」の小泉なつみさんが発起人だ。入場無料で出入り自由。

https://stopinvoice.org/event/221026/

インボイス制度は、被害を被る人たちだけの問題ではない。私は、怒るべき時に怒らないと取り返しのつかないことになっていくと思う。

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