編集長コラム

強いチームの条件(32)

2022年10月29日15時34分 渡辺周

最近、立て続けに共通体験を持つ取材相手と出会った。「その体験をしているなら」と意気投合し、互いに腹を割った深い取材ができた。

共通体験とは「新聞奨学生」だ。新聞配達をすると学費を出してくれる制度だ。給料も出るので、生活費と学費の両方を賄える。私は大学受験予備校の学費を出してもらうため、浪人生活の1年間、横浜市内の販売店に住み込んで新聞奨学生をやった。

こんないい制度はないと申し込んだものの、想像以上にキツかった。夜中の2時半に起床し、チラシを新聞に入れて配達に出発。配達を終えたらそのまま予備校に行って、授業が始まるまで勉強する。午前中の授業が終わったら2時間勉強して、今度は夕刊配達のため販売店に戻る。夕刊が終わったら、30分ほどで夕食を済ませて22時半まで勉強。そしてまた夜中の2時半に起床。通常のテンションではやっていられない。私はある日床屋に駆け込んで、頭を丸めた。

そんな生活もあとわずか、大学受験本番を間近に控えた日のことだ。関東地方に大雪が降った。バイクで配達をしていたのだが、雪に埋もれて前に進まない。ところどころ手押しだ。

途中、急な下りの坂道に差し掛かった時、私はギョッとした。坂道に新聞が散らばっているのだ。坂道の途中には転倒したバイクがあった。同じ販売店のAさんがその横でへたり込んでタバコを吸っている。そして私を子犬のような目で見てくる。

私は迷った。Aさんを助けるか、そのまま自分の配達を続けるか。私は1年間、受験の日をめがけてやってきた。本番に備えた最後の詰めを、配達を終えて早くやりたい。自分の配達だけでもこの雪だといつもの倍以上、5時間はかかるだろう。Aさんを助けたいが、気が急いていた。

迷っている間の短時間で、私は1年間のことを走馬灯のように思い出した。Aさんは将来カレー屋さんを開くのが夢で、試作品のカレーを作ってはジッパーに入れて私に届けてくれた。「この人の本は面白いよ」と本を紹介してくれることもあった。

Aさんのことだけではない。販売店の他のメンバーたちのことも思い出した。「渡辺君は勉強があるから」と、受験が終わるまでは私を遊びに誘わないという協定を結んでくれた。店長夫人は月1万円で私の夕食を作ってくれていたのだが、自分たちの家族の分を取ると、残りは鍋や炊飯器ごと私にくれた。夕食後に販売店の事務所で勉強をしていると眠くなる。いつも19時ごろに3歳になる店長の娘が起こしにきてくれた。

そんなことを思い出しながら、やはり見過ごせないと思った。Aさんの力になりたいのはもちろん、販売店のためでもある。配達が遅れると、販売店にクレームの電話がきて中には契約を打ち切る読者もいるからだ。私は雪の坂道に散らばった新聞をひとつひとつ拾った。Aさんに「自分の配達が終わったら合流しますから」と告げた。

大雪の日の配達は無事終わり、私の大学受験もうまくいった。私の合格発表があった日、夕刊を配り終えて自分の部屋に戻ると、ドアノブにビニール袋がかかってあった。中にはジッパーに入ったカレー、Aさんの「おめでとう。大阪の実家に帰るしんかん線代のたしにしてください」というメッセージが書かれたザラ紙、3000円が入った封筒があった。

販売店の人たちは、チームワークが良かった。販売成績も地域で抜群に良かった。それぞれは個性的で、販売店に来た事情も様々なのだが、ハードな日常を共にする中で団結していったのだと思う。その年は大雪以外にも台風がよく来たし、夏にやたらと雨が降った。悪天候は配達をする人にとっては大敵、体力がどんどん削られていく。そうした苦難もまた、チームワークを強くしたのだろう。

Tansaのメンバーもまた、ハードな日々を送っている。

取材に打ち込んでいたら、資金集めがなかなかできずハラハラする。かといって資金集めに時間を割くと取材が進まない。探査報道は膨大な取材を尽くしてこそ成果を出せるので、ジレンマの中に置かれる。いつも理想と現実の間でもがいている。

だがこの苦難を共にするからこそ、チームが団結して前進でき、その成果がさらにチームを強くするという好循環を生む。

Tansaは今、10年後の自分たちの組織をどうしたいのかという目標を策定中だ。その目標を実現するために日々奮闘しているわけだが、こうやって小さなチームでもがいている今が、実は一番楽しい時ではないかとも思う。

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