編集長コラム

スイッチが入るとき(52)

2023年03月25日15時07分 渡辺周

Tansaの若いメンバーをみていて、おっ、スイッチが入ってるなと感じるときがある。きのうがそうだった。

小倉優香は、環境省から農薬ネオニコチノイドについての情報公開文書が返ってきて、重大な事実を発見した。「やった!」と声をあげ、さらにその事実をもとに今度は農水省、厚労省、食品安全委員会に情報公開請求をする準備をしはじめた。

辻麻梨子は、ネット上での性的写真・動画の拡散に関し、Googleに何度質問状を送っても無視されて怒りがピークに。「内容証明で質問状を再度送りました」と送った質問状の控えをみせてくれた。そうかと思ったら、統一地方選に合わせたバラマキ予算についての原稿を書いている。コロナの地方創生臨時交付金で辻が散々無駄遣いを指摘し、国会でも取り上げられたのに平然と愚行が繰り返されることに怒り心頭だ。

中川七海は、摂津市民によるダイキンへの署名提出を大阪で取材した。署名を提出したというだけの原稿ならすぐに書けるはずだが、東京にいる私になかなか原稿が送られてこない。夜になって原稿が届いたが、納得した。住民をしっかり取材した上で、血が通った原稿になっている。

それぞれが手がけているテーマは、この仕事を始めて日が浅い彼女たちにとってはかなりハードだと思う。

私が駆け出しの頃は、失敗しても大事には至らない穏やかな取材が多かった。初任地の島根県では、宍道湖に降り立つマガンという野鳥の写真を撮ってこいと上司から言われ、カラスを撮ってきたことがあった。職場は一同爆笑。上司は「野鳥図鑑で調べるとか、わからん時はちゃんと確かめるんやで」とアドバイスしてくれた。

それに比べれば、彼女たちの心理的な重圧は相当なものがあるだろう。政府や大企業に真剣勝負を挑んでいるわけだから、一歩間違えば負う傷は深い。特にTansaのような小さな組織は裁判で訴えられて多額の賠償金を払うようなことがあれば、潰れてしまう。負けないために必要な取材量が膨大になり、それがまた彼女たちの負担になる。

それでも彼女たちのスイッチが入っているのはなぜか。私は彼女たちが五感でこの仕事に向き合っているからだと思う。

今週、中川七海と私は長崎に出張した。高校でいじめに遭った男子生徒が、自殺した事件を連載するための取材だ。生徒同士の問題として片付けられるような事件ではない。そこには、こうした悲劇を繰り返す構造が、学校、行政、マスコミによって築かれているという問題がある。

遺族を取材した後、男子生徒が自殺した現場にふたりで足を運んだ。91段の階段を上りきったところにある、人目につかない公園だ。中川は彼が首を吊った桜の木を見つめた後、しばし手を合わせた。

階段を降りて戻る際、中川は無言だった。スイッチが入ったな、と思った。

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