全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(関生支部)の幹部ら3人に対して、3月6日に大阪高裁が無罪を言い渡したことはすでに報じた。一審の和歌山地裁では、威力業務妨害と強要未遂で有罪だったので逆転無罪だ。大阪高裁の和田真裁判長は、関生支部の活動は「憲法28条の団結権の保障を受けた正当な行為」と述べた。
さて検察はどうするか。労働者の待遇改善を目的にした活動を違法行為だと捉えて追及してきた。このまま大阪の高裁判決を受け入れれば、一連の捜査が弾圧だったと認めるようなものだ。
検察は最高裁に上告しなかった。上告期限を過ぎたことから把握できた。
だが検察からは何の発表もない。なぜ検察は上告を断念したのか。検察としての反省点は何か。私は大阪高検に電話で問い合わせた。代表番号にかけると、企画調整課の広報担当であるフジイ氏が対応した。
フジイ氏が言う。
「司法記者クラブ以外に対しては回答できない。相手がどういう人かわからないからです。フリーランスは登録手続きを取ってもらいます。登録して初めて記者クラブと同等になります」
記者クラブを盾に取材を拒否されるのは、検察に限らずこれまでもよくあった。だが今回は特に頭にきた。関生支部への警察と検察の一連の弾圧では、記者クラブに所属するマスコミ各社は全く闘わないからだ。記者クラブに身を置き、当局に食い込むことを至上命題としている記者たちは、むしろ警察と検察の味方である。そんな記者たちだけにしか情報を提供しないのであれば、検察に不都合な事実は社会で共有できない。
ただ、ここで「だったら結構です」とキレてしまえば何も出てこない。フジイ氏は「相手がどういう人かわからないので、フリーランスは登録を」と言った。ならば私は、「Tansaという組織で報道している」と返した。フジイ氏が答える。
「Tansaのホームページは拝見しております」
フジイ氏は、Tansaが「検察は関生支部を弾圧している」と報じていることを知った上で、私に対応していたのだ。Tansaが他にも様々な探査報道をしていて、国会で取り上げられたり、大企業が追い込まれていったりしていることも、フジイ氏はみているだろう。
フジイ氏は検察のガードを固めるように、さらに付け加えた。
「登録したとしても、回答できるかどうかは別ですので」
検事総長の言葉はパフォーマンス ?
検察のこのような態度は、非常に危険だ。検察が起訴した事件が無罪だった場合、それは単に検察の敗北にとどまらない。容疑者・被告として取り調べを受けてきた人への人権侵害を伴うからだ。特に日本の検察は、「人質司法」と国際的な批判を受けるほど身柄を拘留するケースが多い。起訴したものの無罪だったのなら、どこで何をなぜ間違えたのか、検証が必要だ。
しかし、検察は自分たちの失敗についてまともに説明しない。
例えば、熊本県で2020年にベトナム人の技能実習生が、双子の赤ちゃんを死産した後、遺体を自宅で放置したことが死体遺棄罪に問われた事件。最高裁で先月の3月24日、無罪判決が出た。女性は妊娠が発覚して退職や帰国を強いられることを恐れていた。遺体は段ボール箱にタオルにくるんで入れた。ふたりに名前をつけた上で、「ごめんね、早く安らかな場所にいけますように」とお詫びの手紙も添えた。
この女性を罪に問う神経が私には全く理解できない。しかし、マスコミ各社によると、最高検の吉田誠治公判部長は「検察官の主張が認められなかったことは誠に遺憾であるが、最高裁判所の判断であるので、真摯に受け止めたい」とコメント。要するに、負けたのは残念だと述べただけだ。反省しているわけではない。敗因も説明していない。
検察トップである検事総長の甲斐行夫氏は、就任の際に朝日新聞の「ひと欄」に掲載された。それによると、事件の可否の判断を求める部下に鋭く迫ることから「甲斐の壁」と呼ばれていたという。甲斐氏は次のように語っている。
「嫌がられていたでしょうね。でも捜査権を使うなら、私を越えていけ、と思うんですよ」
捜査権を無罪の人に行使した検察の検証を、甲斐氏はトップとして主導するべきだ。就任の晴れ舞台でだけ検察の責任の重さを語ったわけではないだろう。
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