編集長コラム

「サステイナブル」な組織を目指す前に(54)

2023年04月08日17時45分 渡辺周

Tansaほど出張取材が多いニューズルームは、そうない。メディア業界の経営不振と相まって、出張を認めない社が増えているから尚更だ。Tansaはどんどん出かける。今年もすでに、韓国、岐阜、大阪、京都、滋賀、山梨、長崎とあちこちに足を運んだ。

常に金欠のTansaだ。出張費を削って、資金を将来のために少しでも多く取っておく方が得策だという考え方もあるだろう。それがサステイナブル(持続可能)な組織を目指す経営判断なのかもしれない。

しかし、Tansaはその方法を選ばない。取材対象の犠牲者や家族にとっては、Tansaが今何をできるかが重要だからだ。

先月は山梨に赴いた。20歳の時に北朝鮮に拉致された可能性が高い女性の妹さんを取材するためだ。詳細は内偵中なので控えるが、この事件では警察の捜査が不自然だ。あまりに不自然なので、警察は何かを隠していると私は疑っている。これは拉致事件全般に言えることだが、そもそも日本政府はやる気がないようだ。拉致事件の全容解明をいくら家族が求めても、ノラリクラリとかわす。家族は高齢化が進み、我が子と再会できないまま次々に亡くなっていく。

山梨での取材の帰り、車で妹さんの自宅を出発して直後のことだ。妹さんがダッシュで追いかけてくる。何があったんだろうと思ったら、私がご自宅に忘れたスマホの充電器を届けてくれたのだった。些細なことかもしれないが、妹さんのダッシュする姿に胸を打たれた。充電器を忘れていると気づいた時、「今度取材に来た時に渡せばいいか。充電器なら買えばいいし」とそのままにしておく選択肢もあったと思う。だが妹さんは「ダッシュすれば間に合う、今届けよう」と思ってくれた。父親が亡くなり、母親も高齢だ。その日に全力を尽くすんだという妹さんの気持ちの表れだろう。私たちもこの気持ちに応える必要がある。

もちろん、いつもダッシュしていると、バテてしまうのはわかる。継続のためのペース配分は必要だ。

しかし一方で、今にかける覚悟がないと将来もないと私は思う。

韓国のニュースタパで代表を務めるキム・ヨンジンさんが、おもしろい話を聞かせてくれたことがある。

ニュースタパが設立されたのは2012年。当時のイ・ミョンバク大統領が、政権を批判するメディアを弾圧していた時だ。公共放送のジャーナリストたちが解雇や左遷の目に遭い、ニュースタパはその中の10人が立ち上げた。キムさんは元KBSの探査報道局長だ。

メンバーは当初、一発だけ政権側に打撃を与える探査報道をした後は、解散するつもりだった。内容は、地方選挙で与党が自分たちに有利になるよう投票場所を変更した疑惑。だがキムさんたちの「一発屋構想」とは裏腹に、市民から「やめないでくれ」と寄付が集まり始めた。その後もスクープのたびに寄付が増え、今や毎月寄付する会員が4万人いる。

これを、「日本とは違い韓国社会は熱いから寄付が集まるんだ」という見方はできる。しかし私は、キムさんたちが腹をくくりフルスイングをしたことが、その後の組織の継続につながった側面も強いと思う。

マハトマ・ガンジーは「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ」と語ったという。的を射ていると思う。

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