編集長コラム

種まき(56)

2023年04月22日15時57分 渡辺周

広島の「Tansa 木のねっこ支部」が先日、「スクープを放つ ! ! VOL.3」の冊子を発行した。木のねっこは広島県廿日市市にあるフリースクールだ。私は木のねっこの小中学生に、2021年7月から22年4月にかけて取材のしかたや記事の書き方を教えた。VOL.1と2は私が監修したが、今回は独力で発行に漕ぎ着けた。

VOL.3のテーマは、「みんな昔はこどもだった話」。地元の大人たちに木のねっこ支部の記者たちがインタビューした。それぞれの今の仕事や活動を紹介しつつ、その土台が築かれた子ども時代を見事に引き出している。私は木のねっこ支部の記者たちに、スクープについて「ほうっておいたらこぼれ落ちそうな声をすくいとること」と伝えてきた。それが実践できている。取材を受けた側が、記者たちに心を開いたのだろう。

「居場所は校庭のお砂場」

田上史花記者は、外国人を対象にした学習・就労の手助けなど社会的マイノリティーを支援している栗林克行さんを取材した。タイトルは「居場所は校庭のお砂場」。

栗林さんは京都で育った小学生時代、登校はしていたものの授業は全く受けなかった。砂場でアリの働きぶりをずっと観察していた。教師は栗林さんを授業に引き戻すことも叱ることもあきらめる。寒い日には栗林さんを気にかけて砂場に様子を見にきてくれた。

他の生徒が砂場に来ることはなかった。だがある日、学校のボス的存在の生徒が仲間外れにされて、砂場にいる栗林さんのところへやってきた。栗林さんはその「大きなアリ」も受け入れて、働きアリと遊びアリがいることを教えた。

田上記者は栗林さんの小学生時代についてこう締めくくっている。

「他人と合わせることが下手で、漢字ひらがなも知らないまま、ひとりぼっちのお砂場でしたが、毎日多くの生き物が集まるにぎやかな教室で学んだことが自信となり、80歳の今の活動の原動力になっているそうです」

「車屋のmさん」

横山玲勇記者は、自動車修理店を営むmさんを取材した。タイトルは「車屋のmさん」。

mさんは小学2年生から中学3年生までいじめられていた。今から思えば、いじめた方はからかっただけかもしれないが、学校に通うのが嫌な毎日だった。横山記者は「いじめというのは冷静に考えてみると、全体的にしょうもないじゃないかと、改めて感じ取れた」と書く。

mさんは高校に入ると、3年間を「ロン毛の金髪」で過ごし、「いろいろと悪い事」をした。中学まで自分をいじめていた男子生徒のことは、「ぶち回した」(やっつけて回った)。だが薬物に手を出すといった自ら身を滅ぼすようなことはしなかった。

横山記者はmさんからのメッセージも記している。

「どれだけ優れた人間でもやはり人に好かれなければ意味がないし、やっていけないと思う」

「堀ちゃんの人生」

田上晃記者は、木のねっこで農作業や料理を教えている堀内美江子さんを取材した。タイトルは「堀ちゃんの人生」。

堀ちゃんは、小学生までは地味で暗く、あまり友達と遊ばなかった。ひとりでボール遊びをしたり、本を読んだり。小学3、4年生からは編み物や刺繍をするようになった。

だが高校生の時に「このままじゃ、やだ ! 状況を打開しよう ! 」と思った。お金を貯め、下校時に300円のソフトあんみつを買って、先生らにみつからないよう食べた。お洒落な喫茶店に行ったり、インベーダーゲームをやったりした。

田上記者はインタビューの感想を「堀ちゃんらしい、おっとりした回答が聞けて、面白かったです」と書き、堀ちゃんへのメッセージを綴っている。

「堀ちゃんからは、畑の草マルチの仕方を教えてもらったことが役に立っています。冬にきゅうりを食べたことも、とても印象的です。これからも堀ちゃんと畑をしたり、いろんなことを一緒にしたいです。畑で採れた野菜を使った料理も、教えてもらいたいです」

勝手に発行

今回の「スクープを放つ ! ! VOL.3」は、Tansa 木のねっこ支部が勝手に発行した。私への事前の相談はなかった。ある日突然、完成品が送られてきた。私にはそれがうれしい。自分がやりたいと思ったことを行動に移し、責任持ってやり遂げたのだ。

この冊子を、地域の人をはじめこれから出会う人たちに手渡しして、その反応に木のねっこ支部の記者たちがまた力を得ると私は確信している。

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