自己紹介でその人の過去の役職を延々と語られると、ゲンナリする。「で、何をやったん ?」とツッコミたくなる。例えば新聞社の記者が新しい職場に異動してきた時のあいさつ。「初任地は神戸で、本社に初めて上がったのは大阪社会部で府警の捜査一課を担当し、その後政治部に行って官邸を担当し、与党キャップを務め・・・」と肩書き披露が続く。「だから ? ほんでどんな記事を書いたん ? 」と思ってしまう。
こういう人たちに欠けているのは、「未来を託す子どもたちが感銘を受ける仕事をしよう」という意識だと思う。子どもたちに「捜査一課担当」だの「与党キャップ」だのと言っても、「おーすごい」となるわけがない。言葉の意味すら分からないだろう。結局、組織での半径10メートルくらいの人間関係で認められたいという欲求が原動力なのだ。
子どもに自分の仕事を説明できな人は、日本中にたくさんいるが、その究極の姿を私は岸田文雄首相にみる。
東日本大震災から12年目の今年3月11日、「こども政策対話」で、岸田首相は福島県相馬市の子育て支援施設を訪問した。そこで中学生から「なぜ総理大臣になったんですか」と問われて、こう言った。
「やりたいと思うことを実現し、やめてほしいと思うことをやめてもらうには、力をつけないといけない。総理大臣は日本の社会の中で一番権限の大きい人なので、総理大臣をめざした」
では岸田首相が「一番大きな権限」を持って邁進していることは何か。原発の新規建設と建て替え、安保三文書の改定で敵基地攻撃能力を認め戦争ができる国にすること、それを支える防衛費の倍増だ。
本当にこれらの政策を正しいと思っているなら、質問した中学生に説明するべきだ。しかし岸田首相は、一番大きな権限を使って実行していることを具体的に語らなかった。
結局、岸田首相は自分がやってることを堂々と子どもたちに語れないのだ。
原発事故の被災地の中学生に、原発立国の復活は面と向かって言えない。防衛費の倍増は、借金だらけの国家財政で財務官僚が「子どもにツケを残す児童虐待」とささやく中、ごまかすしかない。戦争ができる国になれば戦地で戦うのは若者だが、「いざとなったら君達の世代に戦ってもらうことになる」とは言えない。
岸田首相のこの態度が悪質なのは、子どもたちには本当のことを伝えない一方で、身内には自分の仕事を誇っていることだ。5月4日付の朝日新聞によると、岸田首相は昨年末に安保三文書の改定や原発の新規建設を決めて「周囲」に高揚感を隠しきれない様子でこう語ったという。
「俺は安倍さんもやれなかったことをやったんだ」
「周囲」が誰なのかは知らないが、子どもにまともに語れなかったことを誇ってどうする。あまりに情けない。
首相官邸の公式YouTubeも、相馬市での対話をアップしている。だが中学生が「なぜ総理に ? 」と尋ねたやりとりはない。岸田首相の醜態を晒したくないという理由でカットしたのだろうか。それともただの偶然か。
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