誰が私を拡散したのか

性的画像の削除義務なく3割は放置 被害者に強いられる回復措置 削除に200万円以上支払った人も(12)

2023年06月13日13時42分 辻麻梨子

(イラスト:qnel)

性的な画像が取り引きされるアプリ「動画シェア」と「アルバムコレクション」。GoogleとAppleに掲載されてきた両アプリは、少なくとも10万回以上ダウンロードされ被害が拡大している。

被害者は自身の画像の拡散を食い止めようと、画像を投稿した加害者やインターネット事業者に画像の削除を要請する。

ところが現行の法制度では、加害者や事業者には画像の削除が義務付けられていなかった。NPOの調査では、削除を要請したもののうち3割が消されていない。

被害者は、自力で回復措置を試みなければならない上、それが受け入れられるかもわからない。法制度の不備が被害者を追い込んでいく。

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「どうしたらいいかわからない」

先日も、ある女性から私の元に相談のメッセージが届いた。

「何日か迷いましたが、どうしたらいいのかわからず連絡させていただきました」

メッセージはそう始まっていた。連絡をくれた彼女をCさんとする。

Cさんは数日前、アルバムコレクションで自身の写真と動画が取引されていることを知った。自分の画像が入ったフォルダを購入し、中身を確認すると約90枚の写真と数本の動画が見つかった。

2年ほど前、Cさんは男性客を相手にビデオ通話やチャットをするメールレディの仕事を始めた。日中も働いているが、夫が病気で働けなくなったり、コロナ禍の影響で家計が苦しくなり、生活費を補うためだった。

投稿されていたのは、メールレディの仕事として公開した画像だ。中には顔がわかるものや、下着姿のものもある。料金を支払った、一部の会員向けの写真や動画も含まれていた。有料のサイトは、スクリーンショットや保存ができない仕組みのはずだった。

写真はTwitterでも拡散されていた。投稿者と見られる複数のアカウントが、Cさんの顔写真とフォルダのパスワードをツイート。アルバムコレクションで画像が購入できる、と宣伝していた。

それからCさんは、毎日自分の画像がネット上に投稿されていないか探した。Cさんの写真を載せていたTwitterの投稿者にも直接連絡した。削除に応じる人もいたが、Cさんからの連絡を無視して投稿を続けているものもいる。

アルバムコレクションに対しては、ウェブサイトに載っていた運営者のメールアドレス宛に削除の依頼を送った。しかし一度削除されても、すぐに同じものが投稿される。これでは、きりがない。身内にばれるのも怖く、誰にも相談できなかったという。

「依頼した分は削除されても、イタチごっこになっている状況。なぜこのサイトが摘発されないのかわからない」

「この先もずっと画像が流出したことを考えちゃうのかなと思うと、怖いです」

現在もTwitterに投稿されている性的画像を宣伝するツイート。「c」は中学生、「jk」は女子高校生を意味し、黒くマークした部分にアプリで使用できるパスワードを載せている

警察に相談も「何回も依頼していただくしかない」

1回目の記事に書いたように、私の知人であるAさんは警察に被害を相談した。だが男性の警官は、突き放すようにこう言った。

「はっきり言っちゃいますけど、ネット上でそういうふうに拡散されたらそれを完全に無くすということはできない。発見した段階で、何回も削除の依頼をしていただくしかないです」

だが性的画像は一度投稿されれば「商品」となり、瞬く間に広まる。お金目当ての投稿者と、性的な画像を消費したい人たちがいるからだ。AさんやBさんの画像は、1回投稿されただけで数百〜数千の人に保存されていた。保存した人たちは、さらに別の場所へと拡散する。それほどまでに広がったものに、個人が対処するのは不可能である。

結局Aさんも自分の写った画像を探し、何度も削除を依頼した。昨年夏に被害が発覚してから、今も拡散は続いている。

年間2万件の削除要請

デジタル性暴力に遭った人たちを支援しているのが、NPO法人「ぱっぷす」だ。被害相談に応じるほか、本人に代わって画像の削除要請を行う。相談も削除要請も無料だ。

ぱっぷすの金尻カズナ代表は、現状の仕組みでは被害を「自己責任」にしてしまうと語る。

「現行の制度では、自分で画像を探し出し、削除要請を行わなくてはなりません。自分の写った画像を探すためには、アダルトサイトや掲示板で他者の性的画像も大量に見る必要があります。そのことが、被害者にとって二次的なストレスやトラウマにつながる危険性があるのです」

月に100件程度寄せられる相談に基づき、2021年度はサイトやSNSの運営者に対して約2万件の削除要請を行なった。

削除要請は、ネットを巡回して被害者の画像と似たものを自動検出するシステムと、人の目を併せて行う。削除要請した記録はシステムに残る。数日ごとに再びシステムに巡回させ、削除要請をしたものがきちんと消えているか、別の投稿がなされていないかを確認する。

被害者は自分で画像を探す必要はない。弁護士に依頼して対応する方法や民間の削除業者に依頼することもできるが、繰り返し投稿されるので費用もかさむ。総額200万円以上を業者に支払い、削除を依頼していた人もいた。

ただ、ぱっぷすへの相談は年々増加しており、相談員は手一杯の状況だ。「正直、一つのNPOで担える範囲を超えています」と金尻さんは言う。

「プロバイダ責任制限法」の無力

被害者個人では手に負えない上に、支援組織はパンク状態。だがさらに、被害者にとっては過酷な状況がある。

削除要請を行なっても、全ての画像が消されるわけではないのだ。ぱっぷすの2021年度の実績では、要請を行なったうち29.8%は削除されずに残った。

完全に削除されたものの割合は38.1%。一部が削除されたものが8%。サーバー上に残っているキャッシュが削除されたものが23.7%だった。

削除要請を行なっても、削除がなされない理由は2つ。

1つは、削除要請に応じる法的義務が、インターネット事業者などにはないことだ。

削除要請に関して、事業者の対応を定めている法律はある。「プロバイダ責任制限法」だ。これはプロバイダの他、掲示板などを運営する個人にも該当する。

この法律に照らせば、削除要請のあった画像などを事業者が削除しても、要請者に対する人権侵害が明らかな場合には、画像の投稿者からは損害賠償請求を起こされない。

「強い懸念は承知しているが…」と総務省

しかし、この法律では事業者が削除要請に応じる義務までは定めていない。削除要請に応じなかったとしても、罰せられたり、それ以上の対応を求められたりすることはないのだ。

総務省でインターネット上の有害・違法情報などに対応する消費者行政第二課の担当者は、「法的な根拠がない」と言葉を濁す。

「そういったサイトなどについて、強い懸念が広く社会的に存在することについては我々も承知しています」

「ただ、行政指導などをする法的根拠はありませんし、個々のサイトやコンテンツに総務省が深く介入するというのは、表現の自由という観点からも難しいというのが現実的にはあります」

4割超は米国のサイト

削除が行われない2つ目の理由は、画像が掲載されるウェブサイトの多くが拠点を国外に置いていることだ。こうしたサイトは、削除要請に応じないことが多い。

ぱっぷすが2019年度〜2021年度に削除要請を行ったアダルトサイトで、最も件数が多かったのが拠点を米国に置くサイトだった。全体の削除要請件数のうち、4割超を占める。日本国内を拠点としたサイトと比べると、要請の件数は2〜4倍に上る。

サーバーなどの拠点が海外にあれば、国内法が及ばない。この場合、警察の捜査であっても、通信記録の確認や運営者の特定は難しい。7回目の記事で元警察庁の四方光・中央大学法学部教授も説明している。

捜査や賠償責任から逃れるため、国際条約に未加盟だったり法律が甘かったりする地域に設置したサーバーを貸す「オフショアホスティング」と呼ばれる業者もいる。こうしたサーバーが犯罪の温床となっている。

削除要請を3年続けても

シリーズ1回目の記事で被害状況を綴ったBさんとその親族たちは、新たな投稿がないか確認し、見つけたら削除を依頼する生活が3年以上続く。

Bさんの写真や動画は初めにTwitterで拡散され、次第に動画シェアやアルバムコレクションでも見つかるようになった。Bさんも当初は、Cさんと同じように誰にも相談せずに画像を探し、削除を依頼していた。だが、追い詰められた末に自殺を図ってしまう。幸い命は助かったが、画像の流出を告げる消印のない手紙が自宅に届いたり、帰り道に何者かにあとをつけられたりと、被害は実生活にも及んだ。

Bさんから相談を受けた親族などは、複数人で手分けしてBさんの画像が投稿されていないか確認し続けている。監視は様々なサイトやSNSに及び、今も毎日続く。

安心できる日は訪れない。

デジタル性暴力の被害に遭われた方へ

 

自分の性的画像が無断で投稿されている、性的画像を元に脅迫や強要を受けているといった場合に無料で相談できる専門窓口があります。

性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター:性犯罪・性暴力に関する相談窓口です。産婦人科医療やカウンセリング、法律相談などの専門機関とも連携しています。

NPO法人ぱっぷす:リベンジポルノ・性的な盗撮・グラビアやヌード撮影によるデジタル性暴力、アダルトビデオ業界や性産業にかかわって困っている方の相談窓口です。

よりそいホットライン:電話、チャット、SNSなどで性的被害について専門相談員に相談ができます。

インターネット・ホットラインセンター:児童ポルノなどを見つけた場合に通報することができます。通報をもとに、センターが警察に情報提供したり、サイト管理者等に送信防止措置を依頼します。

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