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電通と共同通信が仕組んだ「ステマ」 製薬会社の宣伝を記事として配信

2023年07月04日16時32分 渡辺周

電通本社の窓を拭く男性=東京都港区東新橋1丁目(C)Toru Yamanaka/AFP

あなたの命にかかわる医薬品の新聞記事が、カネで買われた記事だったとしたらどうしますか?

それが実際に起きていました。

消費者に広告であることを隠し、商品やサービスを宣伝することを「ステルスマーケティング(ステマ)」と呼びます。「やらせ」や「サクラ」と呼ばれるものも、この一種です。現在はSNSの投稿などを通じ、ステマが広く行われていることが問題になっています。しかし今回発覚したものは、20年以上も前から行われていました。

私たちが、電通と共同通信のステマ疑惑に疑いを持ったのは、2016年の3月のことでした。

脳梗塞の予防に使う「抗凝固薬(こう・ぎょうこやく)」の記事をめぐり55万円のカネが動いていたことを示す資料を入手したのが始まりです。資料を見ると、カネを払っていたのは、製薬会社の仕事を請け負った最大手の広告代理店、電通のグループ会社。カネをもらっていたのは、全国の地方紙に記事を配信する共同通信のグループ会社でした。

抗凝固薬は血を固まりにくくする薬です。効果が高い半面、患者によっては脳内で出血が起こります。因果関係は不明なものの、現場の医師らからは数百件の死亡事例が公的機関に報告されています。製薬会社自身も「重篤な出血の場合には死亡にいたるおそれがある」と警告している薬です。

共同通信が配信した記事は地方紙に掲載されていました。「広告」や「PR」などの明記はどこにもありません。ごく普通の記事の体裁でした。

電通側で関わっていたのは、電通と、100%子会社の電通パブリックリレーションズ(電通PR)。

共同通信側では、記事を配信した報道機関の一般社団法人共同通信社(社団共同)と、100%子会社の株式会社共同通信社(KK共同)です。

取材に対し、電通PRの当時の担当者はこのカネが「記事配信の成功報酬だった」と認めました。記事を書いた社団共同の編集委員も「営業案件であるとの認識はあった」と語り、記事にカネがからんでいるとの認識があったことを認めました。

同様の偽装は、抗凝固薬だけではありませんでした。内部資料や関係者の証言によると、医薬品の記事の見返りにカネが支払われるという関係は、電通側と共同通信側の間で少なくとも2005年から続いていたものでした。KK共同の医療情報センター長は「うしろめたい気持ちはあったといっています。

命にかかわる薬の記事をめぐってカネが動いていました。

記事がカネで買われていたことにならないのでしょうか。2017年2月にリリースした初報はこちらです。

電通と共同通信が20年前から読者を欺いていた。スポンサーのカネが伴う「宣伝」を、「記事」として配信していた。暴かれたタブーに、共同の配信を受けてきた地方紙は沈黙する。電通は株主総会で株主の指摘を受け、規定の見直しを表明した。さらに東京都や福岡市は調査に動き出す。本記事は2017年2月〜2018年12月にかけて配信したシリーズ「買われた記事」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

<記事掲載までの流れ>

 

電通と共同通信の位置関係

8紙に掲載されたステマ記事

ステマに該当する記事は、2013年の6月から7月にかけて、社団共同が配信した抗凝固薬の記事だ。次の8紙の朝刊に掲載された。

秋田魁新報
下野新聞
静岡新聞
佐賀新聞
長崎新聞
宮崎日日新聞
沖縄タイムス
琉球新報

これらの複数の記事では見出しや記事の大きさには差があったが、社団共同から配信された同一の記事を使っているので、内容は同じだ。大筋は以下の通りだ。

  • (1) これまでの抗凝固薬には不満が多い。

 

  • (2) そのため、年約3万人の患者が薬の服用を中止してしまっている。

 

  • (3) 服薬は生涯続ける必要がある。

 

  • (4) 最近は1日1回の服用で済む薬剤も登場した――。

全文を引用しよう。

「脳梗塞の予防に抗凝固薬の服用が欠かせないのに、抗凝固薬に対する不満が多く、年に3万3千人が服用を中止している――。こんな実態が、健康日本21推進フォーラム(理事長・高久史麿東京大名誉教授)が実施した調査で明らかになった。

同フォーラムは脳梗塞の中でも重症化しやすい心原性脳塞栓(そくせん)症に注目し、日本医療データセンターが持つ87万余りのレセプトデータを分析。データから推計した結果、脳梗塞の原因になりやすい心房細動などの患者が日本全体で130万人おり、うち75万人余りに抗凝固薬が処方されていることが分かった。

心原性脳塞栓症は、心房細動によってできた血栓が脳に飛び、脳血管を詰まらせてしまう疾患。

さらに一昨年1~9月の間に受診したデータから抗凝固薬の服用中止率を推計したところ、1年間に4.3%に達し、服用を中止したままの患者が3万3千人近くに上ることが明らかになった。

また服用中止者を対象に調べた結果、(1)中止者の2人に1人が薬に不満 (2)中止者の8割強が脳梗塞発症の危険性を軽視している-ーことも判明した。

日本脳卒中協会の山口武典理事長は『心原性脳塞栓症は非常にリスクの高い疾患で、約6割に重度障害が残り、発症から10年以内に4人のうち3人が再発する。予防には抗凝固薬服用を生涯続ける必要がある。最近は1日1回の服用で済む薬剤も登場し選択肢が増えている』と話している」

この記事に出てくる心房細動とは、心臓の一部が細かく振動し、うまく血液を押し出すことができなくなる病気だ。心臓内にできた血液の塊(血栓)がはがれて脳に流れると、脳の血管をふさいで脳梗塞を引き起こす。

問題の記事が掲載された下野新聞2013年6月3日付朝刊の紙面

目的は「抗凝固薬広報支援」

この記事配信の見返りに、電通PRからKK共同通信に55万円のカネが支払われたことが内部資料と関係者の証言から分かっている。私たちの手元にある電通側の内部資料には、こう記載されている。

「支払い内容」→「抗凝固薬広報支援」
「経費の日付」→「2013年6月」
「クライアント」→「バイエル薬品」
「支払先」→「(株)共同通信」
「支払額」→「55万円」
「経費の種類」→「媒体費」

バイエル薬品の抗凝固薬なら、記事の前年の2012年に発売が始まった「イグザレルト」しかない。

KK共同の金子幸平・執行役員総務部長はTansaの取材に対し、「KK共同が電通PRから依頼を受け、社団共同に紹介したものです。その結果、記事として配信され、加盟社の紙面に掲載されました。こうした一連のPR活動に対する対価として、KK共同は電通PRから報酬をいただきました」として、電通グループからカネが支払われたことを認めている。

バイエルホールディング広報本部医療用医薬品部門広報の三好那豊子部長は「記事自体については何らの対価を支払っておりません。記事内容について何らの依頼をしておりません。電通グループから株式会社共同通信(KK共同)に対して何らかの対価が支払われたかどうかについては把握しておりません」と回答した。

巧妙な誘導

記事は、「健康日本21推進フォーラム」という組織が実施した調査結果を紹介する形で書かれている。

まず注目してほしいのが、その調査期間「一昨年(2011年)1~9月」だ。

調査開始時点で販売されていた抗凝固薬は一つしかない。発売から50年が経つ先行薬「ワルファリン」だ。

したがって、「薬に対する不満が多く、年率で4.3%(3万3千人の患者に相当)が服用を中止」の対象になったのは、ワルファリンしかない。

では、山口理事長のコメント「最近は1日1回の服用で済む薬剤も登場し選択肢が増えている」で、出てくる新薬は何か。

記事が書かれた時点までに販売された心房細動の患者への抗凝固薬は次の3剤だ。

  • 2011年3月 プラザキサ
  • 2012年4月 イグザレルト
  • 2013年2月 エリキュース

キーワードは「1日1回の服用」だ。

エリキュースの使用説明文には「1日に2回(朝・晩)服用するお薬です」とある。プラザキサも同様。しかしイグザレルトは「1日1回」である。

つまり、山口理事長(80)が推奨している「新薬」はイグザレルトだけなのだ。このことは、薬の処方に関係する医師や薬剤師ならすぐわかる。製薬会社の名前も、薬の商品名も出さず、特定の医薬品へと誘導する巧妙な手法だった。

<記事が誘導した薬は… >

二つの共同は「表裏一体」

ではこの記事が載るまでの過程はどうだったのか。

ヒントは、先に紹介した電通側の内部資料に記載されている支払先の「(株)共同通信」にある。(株)がついているところがミソだ。

社団共同は一般社団法人だ。地方紙を加盟社とし、全国の地方紙に記事を配信している報道機関だ。これに対して、KK共同は株式会社で営業活動をする。社団共同の幹部がKK共同の役員を兼任しているのが特徴だ。

今回の問題の記事では、社団共同が記事を配信するとKK共同が電通グループからカネをもらっていた。

新橋の繁華街から望む社団共同とKK共同が入る本社ビル(正面)。名称は汐留メディアタワー。三角の形が特徴だ=東京都港区新橋3丁目、2017年1月3日午後3時48分、写真撮影Tansa

問題の記事の配信について、社団の河原仁志総務局長は「KK共同は社団共同の100%子会社だが、KKから紹介された内容の扱いは一般のPR会社と同じで、社団共同編集局が取材し、厳しく見極める。社団は一切対価を受け取っていない」と説明する。

しかし、ジャーナリストの原寿雄さん(91)は怒った。原さんは、社団共同で編集主幹、KK共同では社長を歴任している。

「KKは(社団)共同の子会社だよ、親子関係。密接な。だから利害関係は同じ」

「(記事配信でカネが支払われるのは)反倫理を超えて犯罪的だよ、薬の問題は」

「それは(記事が)買収されているってことだよ。貧すれば鈍するで人の命まで売っちゃったら、そんなものジャーナリズムじゃないよ」

【動画】原寿雄さんインタビュー(元社団共同編集主幹・元KK共同社長)

『共同通信社三十五年』(1981年、458ページ)にはKK共同が設立されたことについて「社団共同と同じ社名は紛らわしいとの意見もあったが、両社(社団共同とKK共同)は表裏一体の関係であり、また社員の士気上からも望ましいとして理事会の承認が得られた」と記されている。

記事はどのように書かれ、配信されていったのかーー。私たちは記事を書いた記者に会った。

「ズルズルっと」

2017年1月15日の午後4時、西武新宿線、とある駅近くにある喫茶店で、その記事を書いた社団共同の編集委員(65)に会った。長年、原子力、医学、バイオなど、科学系の記事を幅広く報じてきた記者だ。

「以前、お書きになった記事のことでお話をうかがえませんか」

テーブルに、配信の記録が記載されたA4判の紙(出力モニター)を置いた。1行11文字で53行。地方紙への配信時間は「2013年5月29日12時22分32秒」。筆者の欄に彼の名前がある。

この記事に対して、電通PRから配信後に「媒体費」の名目で55万円がKK共同に支払われていたことを伝え、電通側の内部資料を示した。記事にカネが絡んでいる営業案件だったことを知っていたか、それを彼に尋ねた。

「この記事が営業案件であるという認識を持っていましたか」

「持っていたといわざるを得ないでしょうね」

再度念を押し、見解を問うた。彼は「全然知らないとかなんとかっていうことはないですね」と答えた。

編集委員によると、記事を書いた経緯は以下のようなことだった。

――KK共同の医療情報センター長が、抗凝固薬の服用状況について調査した「健康日本21推進フォーラム」の報道用資料を持ってきた。50年ぶりに抗凝固薬の新薬が相次いで登場し、「すごい競争になってた」(編集委員)時期だ。

――記事は推進フォーラムの報道用資料に基づいてそのまま書いた。脳卒中協会の山口理事長のコメントも載せたが、直接取材したわけではない。報道用資料にあったコメントを引用した。

――伝えた方がいいニュースだと判断したから書いた。

記事を書いたらカネがKKに入るという認識はあったのか?

ーーまあないということはないでしょう、おそらく。

対価が支払われる記事を書く行為が、あってもいいことなのだろうか。そう尋ねると、彼は「そりゃあ、ない方がいいということになるでしょうね」と答えた。

「よくわかんないままで、ズルズルっときてるところがやっぱりあるんですよ」

【動画】記事を執筆した社団共同編集委員インタビュー

報道用資料は電通グループが作っていた

編集委員は「健康日本21推進フォーラム」が作った報道用資料を下敷きにした。山口理事長のコメントの紹介も「〜と話している」と書き、直接インタビューしたかのような書きぶりになっているが、報道用資料の中であらかじめ用意された山口理事長の「所感」の部分を抜粋してコメントに仕立てたという。

ただ、編集委員が知らないことがあった。

「健康日本21推進フォーラム」は、電通グループが仕切っていたのだ。しかしそのことは、ウェブページや報道用資料のどこにも書かれていない。

一体、どうなっているのだろう。

顧客企業の「メリット重要」

「健康日本21推進フォーラム」という団体は、電通の100%子会社である電通パブリックリレーションズ(電通PR)が事務局を務めている。

団体名にある「健康日本21」は厚生労働省が主導する国民運動だ。電通PRは「国の看板」をビジネスに使っていたことになる。

私たちの手元に、電通PRの社内リポート合併号(2017年1月、2016年12月) がある。

A4判で計7ページ(表紙を含む)。「健康関連調査に、ひと工夫を 国民健康運動『健康日本21』の活用を」と題され、「健康日本21推進フォーラム」が実施する調査の概要や目的、そしてその活用法を社員向けに紹介している。リポートの冒頭には大きい文字で「『健康』は不変の強力コンテンツ」のタイトルが掲げられている。

電通PRの社内リポート。「『健康』は不変の強力コンテンツ」と書かれている(画像はTansa編集部が一部を加工)

以下、社内リポートから抜粋する。太字とカッコ内はTansa。

――健康に対する関心は衰えることなく、毎日、メディアを通じてさまざまな健康関連情報が発信されています。なかでも健康に関する調査は、1年間に約1000件以上も実施され、報道されています。健康関連の調査結果は、昔から変わらない不変のPRコンテンツなのです。

――調査結果をもとに発信するコンテンツは、国が推進している健康支援のメッセージに合わせることで、調査結果に新たな価値が生まれます。一企業の取り組みが、国が推進する健康運動を支援・準拠した、より意識の高い取り組みとしてアピールすることができるのです。

――どのような場面でも調査主体である自社(電通グループの顧客企業)にメリットが生じることが重要です。調査の中で製品を紹介することはできませんが、調査結果を見て、自社製品が活用されるようになることを狙います

――調査結果を発信する際に、有識者のコメントがあると、報道されやすくなります。メディアにとって有識者のコメントはそのまま採用しやすいからです。

要するに電通PRは社員に対し、国の施策と有識者の権威を使って、顧客企業の製品を宣伝する「コツ」を伝えているのだ。

さらに社内リポートは、共同通信の編集委員が記事作成の下敷きにした報道用資料を、「うまく使っている」例として、挙げている。

抗凝固薬は扱いが難しい薬だ。患者によっては、効かないと脳梗塞を起こし、効きすぎると脳内の出血が止まらなくなってしまう。

そんな命にかかわる薬の記事でカネが動いていたのである。このことを、当事者の患者やその家族はどう考えるだろうか。

記事は2013年に地方紙8紙に載った。8紙(朝刊)の発行部数の合計は180万部以上だ。

ここで、問題の記事が読者の目に触れるまでの流れを整理しておく。

(1)電通PRは、バイエル薬品の抗凝固薬の広報支援を目的に親会社の電通から仕事を請け負った。

(2)電通PRが事務局を務める「健康日本21推進フォーラム」が抗凝固薬に関する調査を実施し、電通PRが調査結果の報道用資料をつくった。

(3)電通PRは、共同通信の100%子会社であるKK共同に報道用資料を使った記事の配信について相談し、KK共同の担当者は共同通信の編集委員に提案した。

(4)編集委員は医師に取材することなく、報道用資料を下敷きにして記事を書いた。

(5)記事は地方紙に配信された。配信後、電通PRはKK共同に「媒体費」の名目で55万円を支払った。

電通関係者によると、「媒体費」とは新聞や雑誌、テレビなどの媒体で広告を掲載した場合に対価として支払う費用のことだ。掲載された地方紙の数にかかわらず、共同通信が配信したら支払われるという。

カネは記事が配信されると支払われるが、配信されなければ支払われない。そのため関係者は私たちの取材に「成功報酬だった」と語った。

共同通信は、特集・調査報道ジャーナリズム「買われた記事」の1回目が掲載された2017年2月1日、Tansaに対し、「ご指摘の記事は社団共同(共同通信)編集局が『報ずるに値する』と判断し、執筆して配信したものです」とする抗議文を送ってきた。

しかし実態は「報ずるに値すると判断し」たとはとてもいえない。

まず、筆者の編集委員は、報道用資料の医師のコメントを本人に取材もせずそのまま使った。「〜と話している」という書き方で、まるで本人に取材したかのような表現だ。

さらに編集委員は、フォーラムの事務局を電通PRが担当していたことさえ知らなかった。インターネットを検索すれば、出てくるはずのものであるにもかかわらず。

これだけでなく、共同通信の抗議文やこれまでの回答には、私たちが把握している事実と大きく食い違う内容が含まれている。

私たちは、「健康日本21推進フォーラム」の事務局長をしている電通PRの社員に会うことにした。

「国の看板」で製品の「活用を狙う」

2017年1月20日午前10時すぎ、事務局に電話した。

電話番号はホームページに記載されていた。フォーラムの住所は「東京都中央区銀座7丁目」のビルの7階にある。場所は共同通信や電通の近くだ。

白砂善之・事務局長に「フォーラムの資料の件でお話を伺いたい」と面会を申し入れ、午前11時に会う約束をした。

指定された場所はフォーラムの事務局ではなく、電通PRが入っている浜離宮三井ビルディングの1階だった。

そもそも「健康日本21推進フォーラム」とはどういう組織なのかーー。

共同通信の編集委員が記事執筆の下敷きにした報道用資料では次のように説明している。

「健康日本21推進フォーラムは、厚生労働省の策定した第3次国民健康づくり運動『健康日本21』(21世紀における国民健康づくり運動)を産業界から支援する目的で1999年に設立され、健康日本21推進全国連絡協議会の一員として活動する任意団体です」

要は、国の施策の「応援団」ということだ。

理事長は高久史麿・東京大学名誉教授。2004年から日本医学会の会長を務めていた重鎮だ。理事には聖路加国際大学の学長だった井部俊子氏や、バレーボール元日本代表の三屋裕子氏といった著名人が並ぶ。

会員は「国民の健康問題に大きな関心を寄せ、本活動に賛同する企業」で、食品会社や製薬会社の名前がある。

白砂事務局長は、女性事務局員と2人で現れ、私たちに対応した。2人は電通PRで調査部に所属している。フォーラムの事務局と兼任だが、フォーラムの事務局には常駐しているわけではないという。ふだんは電通PRの自席で仕事をしており、給料も電通PRからしかもらっていない。

電通PRの社内リポートを2人に示し、尋ねた。

――社内リポートには、「調査の中で製品を紹介することはできませんが、調査結果を見て、自社(顧客企業)製品が活用されることを狙います」と書かれていますね。

「はい、はい、はい、はい」

――電通PRが事務局をしていますが、国の施策を支援しているんですよという形をとって、その製品が活用されていくことを狙おうということですか?

「ギリギリの線という意味でいうと、商品名を直接いわないけども、その企業の社会貢献というかCSR活動の一環として、この(国の施策である)『健康日本21』の活動目標を支援しているよというのが狙いなんですよ」

――商品名を出さないんだけど、顧客企業の自社製品が活用されるようなことを狙います、そういうことですね。

「はい」

――なぜ電通PRが、フォーラムの事務局をしているのですか。

「フォーラムは元々、うち(電通PR)がつくったみたいなものですから。調査をしたりセミナーを開いたりといった作業は全部電通PRに頼むということになっています。(電通PRと)フォーラムとの間で契約書みたいなものがあるんですよ」

――抗凝固薬についてのフォーラムの報道用資料は誰が書いたのですか。

「電通PRの担当者です」

「だまされたな」

報道用資料に「所感」を寄せ、共同通信が配信した記事で「1日1回の服用で済む薬剤が登場し選択肢が増えている」というコメントを使われたのは、日本脳卒中協会理事長(当時)の山口武典医師だった。山口医師は事情を知っていたのだろうか。

2017年1月27日に、大阪府吹田市の国立循環器病研究センターの名誉総長室で山口医師に会い、疑問をぶつけた。

「所感」を寄せた抗凝固薬に関する調査の報道用資料は、電通PRがバイエル薬品の新薬の宣伝に活用するためのものだったことを知っているのか。そもそも電通グループが顧客企業の製品を宣伝するために、「国の看板」を掲げるフォーラムを使っていることを知っているのかーー。

山口医師の答えは「知らなかった」。私たちの取材に驚いたようだった。

山口医師がもっとも驚いたのが、電通PRの社内リポートにあった「一企業の取り組みが、国が推進する健康運動を支援・準拠した、より意識の高い取り組みとしてアピールすることができる」「自社(顧客企業)製品が活用されるようになることを狙います」という記述だった。つまり、「国の看板」を利用して特定の企業の製品を宣伝する、という仕組みに驚いた。

「『健康日本21推進フォーラム』は、日本医学会の会長を務める高久先生という偉い人が理事長なので、信用していいんだろうなと思った。だまされたな」

バイエルホールディング広報本部医療用医薬品部門広報の三好那豊子部長は「バイエル薬品は電通関西支社に対して、心房細動患者さんが脳梗塞予防のために適切な医療を受けていただくための疾患啓発活動を依頼しましたが、当該取引内容の詳細については企業秘密のため、回答は控えさせていただきます」と回答した。

「理事長をやめたい」

では「健康日本21推進フォーラム」のトップ、理事長の高久史麿氏は実態を把握していたのか。高久氏は日本医学会会長を務める 医学界の重鎮だ。

2017年1月30日、東京都文京区にある日本医学会の会長室を訪れた。

【動画】日本医学会会長へのインタビュー

私たちが「フォーラムのことをお聞きしたい」と切り出すと、高久会長から意外な答えが返ってきた。

「理事長はもうやってないです。推進フォーラムは潰れたって話はまだ聞かないけども、会合が全然なくなっちゃったですね。自然消滅したんじゃないかな」

え、やってない? フォーラムのホームページには高久会長の名前が理事長としてはっきり載っていますよ。

フォーラムが作成した抗凝固薬の報道用資料を高久会長に見せた。

資料を一読した高久会長はいった。

「確かにこれは(製薬会社の)バイエルの宣伝になりますね、明らかにね」

「(報道用資料に)勝手に僕の名前を使って。迷惑な話だ」

「(理事長を引き受けた時は)電通がね、半分ボランティア的にフォーラムの事務局をやるんだと思って、そんなに商売に利用するとは思わなかったですよ」

高久会長はそういって左胸から携帯電話を取り出し、私たちの目の前でフォーラム事務局に電話をかけた。電話は留守電になった。

ーー医療をテーマにした記事でカネが動き、記事として読者に届くことを、医学会長としてどう思いますか

「そういうことは、非常に問題だということ、声明出すことはできますよ。ただ、それをやってるのが僕が理事長のところ。そうすると、自分がやってることにけしからんということになっちゃう」

高久会長は、理事長職をやめる、と語った。そのための内容証明郵便の出し方を私たちに尋ね、「翌日にも発送する」といった。

「フォーラムが特定の薬品を推薦している。理事長の私も知らないことで責任とれないから、理事長をやめさせてくれっていう」

会長室を引き上げる際、高久会長はもらした。

「電通も、ひどいねえ……」

翌日、高久会長からTansa編集長にメールがきた。

ほかの理事からもう少し様子をみるようにいわれ、今すぐの辞表提出は思いとどまったという。

本記事は2017年2月〜2018年12月にかけて配信したシリーズ「買われた記事」の抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。これまでの全ての報道はこちらからご覧いただけます。電通と共同通信が20年前から読者を欺いていた。スポンサーのカネが伴う「宣伝」を、「記事」として配信していた。暴かれたタブーに、共同の配信を受けてきた地方紙は沈黙する。電通は株主総会で株主の指摘を受け、規定の見直しを表明した。さらに東京都や福岡市は調査に動き出す。

シリーズ「買われた記事」をもっと読む:

命にかかわる記事は載りやすい(3)

共同通信からの「おわび」(4)

20年前には始まっていた(5)

電通の「見直し」と消えた組織(6)

医学論文にも利用されていた(7)

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