ピックアップシリーズ

加熱式タバコの安全性にごまかし? IQOSはコロナ禍で「ビジネスチャンス」

2023年07月03日13時17分 中川七海

新型コロナウイルスの感染拡大中に朝日新聞に掲載されたIQOSの広告

加熱式タバコや電子タバコといった、新型のたばこが人気です。

加熱式たばこは専用の道具を使い、たばこの葉などを本体の電気で加熱。発生する煙(エアロゾル)を喫煙するものです。電子たばこ(VAPE)は装置内や専用カートリッジ内のリキッドを電気で加熱し、発生する蒸気(ベイパー)を吸引します。さまざまなフレーバーを楽しむことができ、飲食店などでも使える場合がある新しいタイプのたばこです。

しかし喫煙者が新型コロナウイルスに感染すると、命の危険に陥り、最悪の場合は死亡するリスクが3倍になるーー。

そんな報告が、世界最先端の研究から相次いでいます。

にも関わらず、たばこ会社はここに「ビジネスチャンス」を見出しました。ニコチンやタールが含まれる紙たばこから、「有害性成分の量が少ない」という加熱式たばこに喫煙者を切り替えさせようという戦略です。

一見喫煙者を安心させるような文言ですが、加熱式たばこは、健康への害が少ないのでしょうか?

取材していくと、そこには巨大なたばこ産業の利益に群がる「官」や「メディア」の「複合体」がありました。

Tansaは、世界中にネットワークを持つ「OCCRP」(Organized Crime and Corruption Reporting Project)をはじめ世界10か国のジャーナリズム組織と共に、加熱式たばこの真相に迫る企画「Blowing Unsmoke」に参加。共同で取材し、発信しています。

加熱式たばこは紙たばこに比べ、害が少ないと思う人が多い。特に日本では、「IQOS(アイコス)」が大人気。世界市場の9割を占めたこともあった。だがそこには「アンモニアの罠」をはじめ、たばこ産業の巧妙なごまかしがあった。本記事は2020年5月〜12月にかけて配信した、シリーズ「巨大たばこ産業の企み」からの抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

日本政府が緊急事態宣言を出してから3日目の2020年4月9日のことだ。大阪府立病院機構大阪国際がんセンターの田淵貴大医師は朝日新聞のある広告を見て驚いた。広告には製品が、こう紹介されていた。

「在宅時間が長い今、最新モデルを使おう! 商品を送料無料で迅速にお届け! 」

新型コロナウイルスの感染を防ぐため、仕事などに出かけられず自宅で過ごす人が多くなっている中で「在宅時間が長い今」という文言はピッタリだ。サービスとして、交換用のたばこ付きのキットをレンタルできるとも書いてある。レンタル価格は14日間無料だ。

そしてこの広告では、特定の商品名を挙げて購入を呼びかけている。

商品の名は「IQOS」(アイコス)。世界的なたばこメーカー「フィリップモリス」が販売している加熱式たばこだ。加熱式たばこは、バッテーリー充電式の機械に短いたばこを差し込み火を使わずに加熱する。紙たばこのように、燃やすことで発生する有害性成分が少ないというのが売りだ。日本たばこ産業(JT)なども加熱式たばこを販売しているが、2018年の国内シェアではIQOSが71.8%と最も売れている。

フィリップモリスはIQOSの発売にあたり、紙たばこと比較し「9つの有害性成分の量が約90%低減」と宣伝してきた。9つの成分とは、一酸化炭素やアセトアルデヒドなど世界保健機関(WHO)が、たばこで減らすべき有害成分として取り上げているものだ。

紙たばこの喫煙者が新型コロナウイルスに感染すると、重症化しやすいという研究結果が出ている中、加熱式たばこのIQOSを勧めるのは不思議ではない。実際、新型コロナウイルスの感染が広がる中で、朝日新聞だけではなく、日本で最も発行部数が多い読売新聞を調べてもIQOSの広告が出ていた=表1。

しかし、田淵医師は「このIQOSの広告は危険だ」と語る。

紙たばこが危険なのは明らかだ。2020年2月28日には世界最高峰の米医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』で、喫煙者はコロナに感染すると肺炎の重症化率が1.7倍になり、命の危険に陥り最悪の場合は死亡するリスクが3倍になるという論文が出た。中国の専門家チームは2020年4月15日、『ジャーナル・オブ・メディカル・バイオロジー』で、喫煙により慢性的な肺疾患を持つ人は、コロナに感染すると重症化率が4倍になるとの報告をしている。

加熱式たばこの使用も危険なのだろうか。

表1 IQOS新聞広告の掲載日(2020年3〜4月)

東京都医師会の警鐘

ここに、公益財団法人東京都医師会が出した「タバコQ&A 喫煙・受動喫煙の最新知識~新型タバコの問題点」がある。「加熱式タバコなら有害性が少ないのでは? 」という問いに、こう答えている。

「加熱式タバコは販売されて間もないため、有害性が少ないかは分かっていません。あるタバコ会社は、自社データから『9つの有害成分の量が約90%低減した』と宣伝していますが、『有害成分の量』と『有害性』は、まったくの別物です」

「従来のタバコから発生する有害成分の量が多すぎるため、10%の量でも十分危険であり、有害性(病気の発生率や死亡率)が減少するかどうかは分からないのです」

回答の中の「あるタバコ会社」とは、Q&Aの脚注によると、フィリップモリスを指す。つまり、フィリップモリスが「9つの有害性成分の量が約90%低減」と宣伝しても、健康被害があるかどうかはまた別の話だということだ。

さらに、Q&Aでは次のように指摘している。

「9つの有害成分が90%削減されたというタバコ会社の自社データ自体が、信憑性に欠けるとの指摘も相次いでいます。いくつもの医学論文で、非燃焼性加熱式タバコの煙からも、かなりの量の有害成分が検出されたことが報告されています」

加熱式たばこは充電式。短い紙たばこをデバイスに差し込んで吸う

アンモニアの「罠」

なぜフィリップモリスは、有害性成分の量が減ったことを強調するのか。喫煙者が心配し、知りたいのは、健康に害があるかどうかだ。

Tansaは、このQ&Aを作った東京都医師会タバコ対策委員会前委員長の村松弘康医師を取材した。村松医師はいった。

「そもそも、加熱式たばこは健康リスク低減のために開発されたたばこではない」

どういうことだろう? 村松医師はアンモニアの影響に着目し、解説してくれた。

「喫煙者の満足度が上がり、たばこに依存してしまうのはニコチンが原因だ。そのニコチンを肺や脳へ浸透しやすくしているのは、アンモニアだ。体内への吸収率を高める効果がある」

確かに、映画「インサイダー」にもなったアメリカのたばこ会社の不正では、たばこ会社が喫煙者をニコチン中毒にするため、化学物質のアンモニアを密かに加えていた。

「ただ、アンモニアは熱に弱い。約900度で燃やす紙たばこでは、アンモニアがニコチンの吸収率を高める効果が薄れる。そこで、約300度で加熱する加熱式たばこが開発された」

それならば、フィリップモリスは最初から喫煙者を騙していることにならないだろうか? 私たちが疑っていると、共同で取材をしているOCCRPから情報が入ってきた。

「イタリア当局がIQOSに関するフィリップモリスの申請を却下していた」

イタリア当局、IQOSは「健康被害の検証をしていない」

フィリップモリスは、IQOSと健康被害についての実験を行い「加熱式たばこは害が少ない」という結果を出していた。その研究内容を資料として提出し、IQOSのパッケージに、紙たばこよりも安全なことを記す許可を当局から得ようとしていた。

しかし2018年12月、イタリア当局は国立衛生研究所による検証を経て、フィリップモリスの申請を却下した。同研究所は、フィリップモリスの研究に対し、こう評価している。

「この研究は、商品を売るために設計されている。健康被害の検証をしているものではない。適切な条件下で透明性のある方法で実験すべきだ」

国立衛生研究所が検証した際の資料は今回の国際共同取材で、イタリアのテレビ局Rai 3(ライ・トゥレ)が入手した。

世界一の「お得意様」、日本

それでも、フィリップモリスは世界中でIQOSを売っている。同社によると、すでに世界で800万人を超える喫煙者がIQOSに切り替えている。

特にIQOSが売れているのが日本だ。2014年の販売開始以降、爆発的な人気が出て一時期は世界の売り上げの9割以上を日本が占めていた時期もあった。

そして今は、新型コロナウイルス感染拡大の中で、新聞社に広告を出したり、IQOSを無料で貸し出すキャンペーンを実施したりして販売攻勢をかけている。IQOSの喫煙者やその煙を吸った周囲の人が、新型コロナウイルスに感染した場合の健康被害を考えないのだろうか。

Tansaは2020年5月1日、フィリップモリスジャパン合同会社のシェリー・ゴー社長に、新型コロナウイルス蔓延下でのIQOSによる健康被害を問う質問状を送った。

同社の広報担当から返ってきたのは以下の回答だった。こちらの質問に対して、はぐらかすような内容だった。

「喫煙と新型コロナウイルス感染症の感染・重症化の関連性等については未だ解明されていないものと認識しております」

「健康に関連するご懸念点に関しましては、今後も、WHOやFDA、厚生労働省といった信頼のおける公衆衛生当局等の提供する情報やガイダンスにてご確認いただきますようお願いいたします」

「弊社が喫煙と新型コロナウイルス感染症との関連性等について言及することは適切ではないと考えておりますので、何卒ご理解賜りますよう、お願い申し上げます」

メディアを使ったIQOSの販売攻勢

フィリップモリスはIQOSの販売攻勢をゆるめない。その勢いは地方紙にまで及んでいる。

例えば高知県で86%のシェアを誇る高知新聞には、5月16日、こんな広告が載った。
「高知でもIQOSにする人、増えちゅーぜよ! 」
土佐弁で、紙たばこからIQOSに切り替えた人が増えたことをアピールするきめ細かさだ。

広告では、IQOSを14日間無料で貸し出すプログラムについても宣伝している。
「すでに約23万人がレンタルしたぜよ。」
「さあ、おまさんもIQOSを試してみいや! 」

他の地方紙も調べるとやはり方言でIQOSを宣伝している広告が見つかった。
「栃木でもIQOSにする人、増えてっかんな!」(下野新聞5月16日付)
「福岡でもIQOSにする人、増えとるけん!」(西日本新聞5月17日、24日付)
「熊本でもIQOSにする人、増えとるごたる!」(熊本日日新聞5月17日、24日付)

掲載日はいずれも、政府による緊急事態宣言が出ている最中だ。喫煙者が新型コロナウイルスを発症すると重症化しやすい。それにも関わらず、外出自粛中の喫煙者に向けて広告攻勢をかけている。

ではなぜIQOSを吸う人が「増えている」のか。IQOSは安全だというのだろうか。

紙たばこよりゆるい注意書き

飲食店で働く30代の男性は「健康に害がないし、副流煙で周りの人に迷惑をかけない」と紙たばこから切り替えた。

そのように思ったのには、理由がある。IQOSの宣伝文句だ。

例えば新聞広告には「本製品にリスクがないわけではありません」という注意書きがついている。さらにIQOSのパッケージには「あなたの健康への悪影響が否定できません」とある。

これは、紙たばこの注意書きと比べてかなりゆるい。紙たばこは「たばこの煙は、周りの人の健康に悪影響を及ぼします」と断言している。「IQOSに健康リスクがあるにしても、紙たばこよりは低いのだろう」と喫煙者が受け取って当然だ。

だが本当に、IQOSは紙たばこより健康リスクが少ないのだろうか。フィリップモリスの本社があるアメリカでは、公衆衛生学の専門家らがある判断を下していた。

パッケージ文言の違い。左:加熱式たばこ、右:紙たばこ

委員全員「ノー」

アメリカでIQOSの販売が許可されたのは、日本より4年半遅い2019年4月のことだ。アメリカの政府機関FDA(米食品医薬品局)が許可した。

本家本元のアメリカでの販売許可を受け、フィリップモリスインターナショナルのアンドレ・カランザポラスCEOは「FDAの発表は歴史に残る画期的な出来事だ」「喫煙に替わる煙の出ない選択肢を提供できる」とコメントを出した。

しかしFDAはIQOSの販売許可を与えた際、「リスク低減たばこ」として売ることは認めなかった。煙が出ないからといって、健康への悪影響が少なくなると宣伝することは許さなかったのだ。

健康へのリスクが減るか審議されたのは、2018年1月のことだ。FDAやフィリップモリスをはじめ、政府、大学、たばこ産業、研究機関などから、200人を超える人々が参加した。

2日間の議論の末、最終的な審査を担ったのは9人。議長を務めたフィリップ・P・ファン医師は、ハーバード大学で公衆衛生学を学び、政府保健局でたばこ予防局長を務めた経験もある。審査員はほかに、たばこ分野に詳しい大学教授らと、一般市民からの代表者も加わった。

1人が棄権したため、8人が審査にあたった。8人の委員全員の判断は、「ノー」だった。IQOSを「リスク低減たばこ」として認めなかったのである。

フィリップモリスは資料を追加しながら、「リスク低減たばこ」としての申請を続けている。だが現在もFDAの認可は下りていない。

日本では、新聞広告などで紙たばこよりも害が少ないと思い込み、IQOSに切り替える人が多い。日本で販売が始まって2年が過ぎた2016年末には、世界の売り上げの9割を日本が占めた。

この状況に警告し続けているのが、大阪府立病院機構大阪国際がんセンターの田淵貴大医師だ。日本公衆衛生学会や日本癌学会などではタバコ対策専門委員を務めてきた。

「喫煙者は、紙巻きより安全だと思わせてくれる広告に食いつくに決まっている。広告が欲しい新聞社もそれに加担した。しかし、紙たばこに比べてIQOSは安全だとは言えない。このままでは犠牲者が生まれ続けてしまう」

規制に踏み込まない日本政府

フィリップモリスはそんな中で、「家での時間を煙の出ないIQOSで」などとうたい、IQOSは健康に害が少ないと誤解する内容の広告を、日本各地の新聞に掲載している。

なぜ日本は、ここまでIQOSの「カモ」にされているのだろうか。

調べていくと、たばこの規制が、厚労省より財務省に左右されていることが分かった。財務省は「国民の健康」より、加熱式たばこがもたらす「税収」を優先していた。

財務省は、広告をはじめとした規制に踏み込まない。海外政府の規制は厳しい。例えばメキシコ政府は、加熱式たばこの販売も持ち込みも禁止している。日本政府の姿勢とは対照的だ。

自治体も国の姿勢に追随している。加熱式たばこの害について検証もしないまま、フィリップモリスに喫煙所を無償で設置してもらうところまで出てきた。

大阪・吉村知事はフィリップモリスに感謝状

フィリップモリスが費用を負担した加熱式たばこ専用の喫煙所=東京都品川区

師走の日の昼下がり。東京・大崎駅前にある加熱式たばこ専用の喫煙所は会社員でひしめいていた。何種類かの加熱式たばこがあるが、一番多いのはIQOSだ。スマホを片手にIQOSを吸っていた会社員の金澤正浩さん(36)は、かつて紙たばこの喫煙者だった。1日1箱吸っていたが、5年ほど前に禁煙に成功した。しかし半年前、IQOSを始めた。金澤さんは「加熱式たばこなら健康に悪くないかもしれない」と思っている。

この喫煙所は品川区が2020年8月11日、フィリップモリスの協力を得て設置した。品川区地域振興部地域活動課の黛和範課長によると、かかった費用はフィリップモリスが全て負担した。

「今年4月ごろから、フィリップモリスと準備を進めてきました。金額は言えませんが、トリックアートも、デザイナーも、パネルやゴミ箱も、喫煙所設置の費用について、区は一銭も出していません。とてもありがたいです」

だが黛課長は、フィリップモリスの宣伝を見て「加熱式たばこの健康リスクが小さい」と誤解する喫煙者がいることを知っているのだろうか。

「科学的なことは分かりませんので、健康推進部健康課に任せています。でも実際、臭いや煙に対する苦情が減っているので、行政側からしたら、紙たばこよりいいんじゃないの、という実感があります。今後もフィリップモリスやJTと協力していきたいです」

大阪府でもフィリップモリスは、加熱式たばこと紙たばこで分煙できる屋外喫煙所を無償で設置した。吉村洋文知事は2020年10月8日、フィリップモリスジャパンの井上哲副社長に感謝状を手渡し「今後とも協力関係で進めさせていただきたい」と伝えた。

加熱式たばこにも健康リスクがあることをしっかり把握した上で、大阪府は感謝状を渡したのだろうか。

健康推進室健康づくり課の東中庸子主査は「健康面については、大阪府では検証していません」という。

「府では、一定額以上の寄付をいただいた方へ感謝状を贈呈しています。喫煙所の値段についてはいえないんですけど、基準以上の額を負担してもらいました」

「JTさんも候補にありましたが、フィリップモリスさんは、加熱式たばこと紙たばこのエリアを分けた喫煙所を提案していて、面白いアイデアなので採用しました」

吉村洋文知事(左)とフィリップモリスジャパンの井上哲副社長(大阪府提供)

禁煙学会「IQOS喫煙後に重症肺炎」

そうした状況に、医療関係者は懸念を強める。

一般社団法人日本禁煙学会は2019年9月30日、作田学理事長名で「加熱式タバコは致死的肺傷害を発生させます」という緊急警告を出した。宛先は、厚労省健康局長と財務省総務課たばこ塩事業室長だ。

禁煙学会は日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会、日本看護協会の各会長が役員を務め、医師を中心に3500人を超える会員がいる。

【日本禁煙学会の役員】

日本禁煙学会のウェブサイトより

緊急警告では世界各国の死亡例や重症例を挙げ、日本でも16歳と20歳の男性がIQOSを吸った後に重症の肺炎に陥ったケースを報告した。禁煙学会は、コロナが感染拡大する中でも、加熱式たばこの危険性を訴え続け、WHOや専門家の見解を挙げながら「フィリップモリスが『リスク低減たばこ』と宣伝しても誤解しないように」と呼びかけている。国際条約ではそもそも、たばこに関する広告は全て禁止されている。「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(FCTC)」の決まりで、加熱式たばこであっても同じだ。世界182カ国が締結している。日本も2004年に批准した。

しかし日本は独自のルールを適用している。どんなルールなのか。

加熱式たばこで年間1200億円の税収

日本でたばこの販売と広告についてのルールを決めるのは、たばこから税金を徴収する財務省だ。健康面を担当する厚労省には、権限がない。財務省は、加熱式たばこの広告に規制をかけるつもりはない。紙たばこの喫煙者が減っているからだ。紙たばこでは毎年2兆円の税収があった。加熱式たばこの喫煙者を増やし、新たな税収を得る必要がある。

実際、財務省は2014年の加熱式たばこの日本での発売以来、段階的に税率を上げ、今では約1200億円の税収を得ている。

財務省理財局たばこ塩事業室の見解はこうだ。

「たばこは税収を得るための『財政物資』です。販売面を財務省が進めるのは法律に準じたことです。健康リスクがわかるのは、疫学調査で10~20年後です。安全面の検証は引き続き厚労省にお任せします」

2兆円を維持してきたたばこの税収、財務省のウェブサイトより

「財務省お墨付き協会」の役員3人がフィリップモリス

財務省がたばこの広告規準づくりを任せているのが、「一般社団法人日本たばこ協会」だ。規準は財務大臣の指針に基づいてつくることになっているが、指針が「運用の詳細等については、業界団体が自主規準を定め、これに沿った運用が図られています」という内容なので、財務省がたばこ協会に「丸投げ」している格好だ。日本たばこ協会の規準では、広告の大きさや回数などを守れば新聞にたばこの商品広告を掲載することができる。IQOSの新聞広告は、その規準では問題ないことになる。

本シリーズの第2回で報じた「23万人がレンタルしたぜよ」というような煽る表現や、健康に害がないと誤解させる表現についても、協会の規準では規制していない。

日本たばこ協会はどのようなメンバーで運営されているのか。

一般社団法人日本たばこ協会の役員

役員7人のうち3人は社長のシェリー・ゴー氏らフィリップモリスの幹部だった。大阪の吉村知事から感謝状を受け取った井上哲副社長も含まれている。他の4人もたばこ会社の幹部か元社員だった。

たばこ業界関係者だけで規準を作れば、業界に有利な内容になるのではないか。

加熱式たばこ企画室の鈴木祐介氏はこう答える。「私たち協会が定める規準は、日本国内の法律に則って運用しているので問題ありません」

フィリップモリスの広報も「日本の法規制を遵守している」と回答した上で、財務省を持ち出した。

「日本たばこ協会は財務省の審議会に自主基準を提案しました。これを受けて審議会の2018年12月28日の会議において、その内容が協議され、承認されました」

加熱式たばこは紙たばこに比べ、害が少ないと思う人が多い。特に日本では、「IQOS(アイコス)」が大人気。世界市場の9割を占めたこともあった。だがそこには「アンモニアの罠」をはじめ、たばこ産業の巧妙なごまかしがあった。本記事は2020年5月〜12月にかけて配信した、シリーズ「巨大たばこ産業の企み」からの抜粋です。事実関係は取材時点で確認が取れたものです。

中川七海の記事をもっと読む:

♦︎シリーズ「双葉病院置き去り事件」

227人残し「避難完了」(1)

自衛隊が生んだ27時間の空白(2)

「寝たきりは一部」のはずが(3)

座ったまま絶命(4)

猛スピードで町を出る100台の車(5)

♦︎シリーズ「公害PFOA」

速報) 検査を受けた住民9人全員の血液から毒性化学物質「PFOA」、非汚染地域の70倍の住民も/大阪・摂津市のダイキン工場周辺

牛47頭が怪死、ダイキンが耕運機をくれた(1)

「水路から上がれ、足が腐ってまうぞ !」(2)

「ダイキンさんはありがたい」(3)

環境省「直ちに健康に影響があるとは限らない」/非公開の会議で摂津市長に(4)

ダイキン工場から45メートルに小学校、農作業体験の野菜とコメを持ち帰り(5)

「公害PFOA」ここまでのおさらい・前編(19)

「公害PFOA」ここまでのおさらい・後編(20)

ピックアップシリーズ一覧へ